リリーがにやにや顔をする傍ら、わたしはローストラムのランチを食べ進め、食後のデザートを完食した。

 昼食後、ストウ・オン・ザ・ウォルドやチッピング・カムデンなどといった小さな村をまわりながら、時折つんと胸の奥が疼いた。
 どの村も素朴で、そして村や町ごとに流れる空気も少しずつ違っていて外界とは違う時間の流れに癒される。

 それなのに、どこか心の中が空虚なのは、きっとリリーとダニエルの仲の良さに当てられたせいに違いない。
 二人は今、指を絡ませ合いながら連れ歩いている。

 わたしもあのとき、駿人さんの方から手を絡ませてきたのを振りほどかなければ、また何か違っていたのかな、なんてことを考えてしまった。

 * * *

 週も明けて平日が始めるとわたし以外のシェアメイトはみんな朝早くから起きてそれぞれ朝の支度に慌ただしい。

「おはよう」
「おはよう、サーヤ。早いね」

 早いと言っても八時前だけれど。リリーはメイクもばっちり、あとは出かけるだけという様相だ。今日も両耳の上でツインテールを作っている。服装もカジュアルなので同じ年だというのにもっと若々しく見える。

「うん。あんまり遅くまで寝ているのもね」
「リリー、サーヤ。俺がいる前では日本語禁止」

 と、英語で会話に混ざってきたのはフランス人シェアメイトのエリックだ。すらりと細身でまだ大学生だというエリックはわたしの目を見て「おはよう、サーヤ。今日もかわいいね」と気障ったらしい台詞を口にした。

 こういうときなんて返していいのかわからなくて、わたしはとりあえず必殺曖昧な微笑みを彼に向けて返しておいた。
 たぶん、大多数の日本人女子が同じ顔を作ると思う。

「うっわ。もうこんな時間。じゃあね、サーヤ。あとでメッセ送るね~」

 リリーはダイニングテーブルの椅子の上に置いてあった大きなトートバックを持って慌ただしく出て行ってしまった。会社勤めをしているダニエルはすでに出発した後で、エリックも朝食を食べたお皿を洗った後、「じゃあね。サーヤ」と言って大学へ行ってしまった。

 今のわたしはお気楽旅行者のため、時間に縛られることはない。
 好きな時に起きて外出をして、時間そ気にすることもなく自分のしたいようにすることができる。贅沢だと思うが、社会人や学生といった身分を持つ人と一緒に暮らしてみると自分だけが世界のシステムから外れてしまっているような錯覚を覚えてしまう。

 わたしは買っておいたトーストとヨーグルトで簡単に朝食を済ませて出かけることにした。

 せっかくのロンドンなのだから、外に出ないとね。大都市だけあって見どころも多い。
 先週の金曜日に到着をして、現在は翌水曜日。毎日回るエリアを決めて順番に攻略をしているけれど、それでもまだまだ見どころは尽きない。

 わたしはフラットを出て、地下鉄に飛び乗った。

 ノッティングヒルのパステルカラーの街並みをカメラに収めて点在する雑感店を冷やかしつつ、スローンスクエアに移動。バスを乗りこなしたほうが経済的(一日フリーパスの値段がバスの方が安い)だけれど、まだ慣れないこともあってつい地下鉄ばかり使ってしまう。こちらではチューブというらしい。

 サッチー美術館をざっと見学をしてキングスロードをぶらぶら歩いてみると、オーガニック食品店で美味しそうなクッキーを見つけて買うかどうか迷った。

 実はというか案の定というか、体重増えているんだよね……。
 リリーの家にある体重計にこっそり乗ってみて後悔した。帰国するまで見るんじゃなかった。

 毎日せっせと歩いているのに体重増えるだなんて理不尽だ。納得できない。
 クッキーは、今はやめておこう。このあとリリーとお茶する約束あるし。

 スマホを確認してみると、リリーからメッセージが届いていた。予定通り待ち合わせの場所に到着できそうという内容で、わたしも移動することにした。

 バスに乗ってみてもいいけれど、時間が読めないためまたもや地下鉄で移動。
 この数日でロンドンチューブにも慣れてきて、ロンドンの街を颯爽と歩いているようにも感じる。

 ちょっとかっこいいかも、なんて思いつつピカデリーサーカスに到着した。
 待ち合わせ場所でリリーと無事に落ち合って、案内されたのはピカデリーサーカスのすぐ裏手にある北欧テイストのカフェ。十席ほどの座席と小さな店で、ノートパソコンを持ち込み仕事をしているような人もいる。

「まさかあんなにも賑やかなピカデリーサーカスの裏手がこんなにも静かな広場になっているとは思わなかった」

「ロンドンの街って至る所にスクエアがあって、結構静かなの。街中でも緑が多いし、結構のんびりしてる」

 リリーの言葉からは愛情が感じられて、この街に溶け込んでいるんだなっていうことが伝わってきた。