駿人さんだってきっと、親切を無下にできずに写真を撮ってもらったのだろうし。
駿人さんの手元を覗き込む。ちょっとだけぎこちない笑顔でわたしが映っている。
「あとで沙綾に送るよ」
「ありがとう」
二人で一緒にスペインに来たという証拠のような写真を見ると、胸の奥が妙にくすぐったい。
勇気を出して、一緒に撮ろうって話しかけていたら、二人の写真がもっとたくさんあったのかな。
なんて考えて、わたしは思い切りその考えを否定した。
だめだめ。変なことは考えない。これは事故のような二人旅なのだから。
思い出せ、わたし。駿人さんは単に都合がいいからわたしと結婚がしたいと言った男なのだ。
「きれいな飾りだね。ええと、トレンカディスっていうんだっけ。ガウディが好んで使う手法なんだよね」
観光に意識を傾けていれば駿人さんとも普通に話せる。
階段を降りていく途中、たくさんの装飾品を間近で見ることができる。カラフルなタイルで覆われた装飾物をすぐ近くで眺めることができるのも塔見学の醍醐味だ。
正直、可愛くない見学料だったけれど一生に一度のことだからケチらなくてよかった。
「スペインらしい、明るい配色だよな」
「そうだね。そんな感じするね」
余計なことを考えずに、互いにゆるい感想を言い合うくらいの距離でわたしは満足だ。
このまま友達になら、なれるかもしれない。今みたいな自然体が心地いい。
* * *
スペイン最終の夜、わたしたちは最後の晩餐なのだからと、少し値の張る店に行こうと話し合った。
わたしたちは食事の前に一度ホテルに戻った。
ディナータイムの始まりが遅いため、小休憩というわけなのだけれど、わたしはこれからやることがたくさん。
着替えるのは、日本から唯一持ってきたワンピース。ブダペストでは寒さに負けてしまったけれど、ここバルセロナの気候にはもってこい。
最後くらいはちゃんとおしゃれをしたい。
一度化粧を全部落としてからのメイク直しは入念に。ヘアアイロンが無いのがちょっと無念だったけれど、そのかわり丁寧にブラシを入れた。
でも、あんまりヘアアレンジをすると、先ほどまでとの変わり様に駿人さんから気合を入れていることがバレてしまう。
この匙加減が難しい。動画サイトでいくつかヘアアレンジ動画を観たけれど、結局無難にシュシュでまとめるだけにしてしまう。
準備に思いのほか時間がかかってしまい、気が付けば待ち合わせの時間だった。
駿人さんも昼間はシャツだけだったけれど、今は薄手のジャケットを羽織っている。
着替えたわたしを見て細めた目が柔らかだった。
「似合っているよ、沙綾」
「棒読みな気がするのは気のせい?」
「いいや」
唇を尖らせるのに、なにやら口元がむずむずしてしまう。
二人で地下鉄を乗り継いでやってきたのはバルセロナの中心部にある創作スペイン料理店。ハイシーズン前ということで昨日駿人が電話をして予約が取れたレストランバーは、オープン直後だというのに、すでに少なくない人々ですでにフロアはにぎわっている。
食前酒で乾杯をして運ばれてきた前菜のサーモンとアボカドのタルタルに頬を緩んでしまう。
生姜風味のソースがいいアクセントになっている。
バルセロナは海が近いこともあって、最近わたしたちは魚介メニューばかり頼んでいる。
メイン料理のホタテのグリルは火加減が絶妙で、付け合わせのアスパラガスもしゃきしゃきで美味しい。
まるでデートのようだ、なんて考えたとたんに、これまでずっと二人旅行だったことを意識してしまう。
まるで隠れ家のような、落ち着きのある店内と美味しい食事というシチュエーションに完全に飲まれている。
最初は何を話していいのか、そもそも会話なんて続くわけもないし、と考えていたのに、思いついたことを話せばそこから会話が広がるようになっていた。
「俺、週明けから仕事できる気がしない……」
「駿人さんでもそういうこと言うんだ。仕事大好き人間だと思っていた」
「日本に帰っていなかったってだけで一応毎年ちゃんと休みは取っていたよ。さすがに三週間もまとめて取ったのは初めてだったけど」
それもそろそろ終わりだな、と駿人さんは苦笑いだ。「正直、ここまで長い休みだと次の出社が辛くなる」と彼は続けた。
「お仕事頑張ってください。わたしはもう少しだけ現実逃避しますんで」
「沙綾はこのあとイギリスか」
「はい。ロンドンに行きます」
このあとは四週間ほどリリーのいるロンドン滞在だ。
でも、そこには駿人さんはいないんだよね。彼と一緒にロンドン歩きをしたかったな、と考えその想いを何とか心の奥に封印する。
駿人さんの手元を覗き込む。ちょっとだけぎこちない笑顔でわたしが映っている。
「あとで沙綾に送るよ」
「ありがとう」
二人で一緒にスペインに来たという証拠のような写真を見ると、胸の奥が妙にくすぐったい。
勇気を出して、一緒に撮ろうって話しかけていたら、二人の写真がもっとたくさんあったのかな。
なんて考えて、わたしは思い切りその考えを否定した。
だめだめ。変なことは考えない。これは事故のような二人旅なのだから。
思い出せ、わたし。駿人さんは単に都合がいいからわたしと結婚がしたいと言った男なのだ。
「きれいな飾りだね。ええと、トレンカディスっていうんだっけ。ガウディが好んで使う手法なんだよね」
観光に意識を傾けていれば駿人さんとも普通に話せる。
階段を降りていく途中、たくさんの装飾品を間近で見ることができる。カラフルなタイルで覆われた装飾物をすぐ近くで眺めることができるのも塔見学の醍醐味だ。
正直、可愛くない見学料だったけれど一生に一度のことだからケチらなくてよかった。
「スペインらしい、明るい配色だよな」
「そうだね。そんな感じするね」
余計なことを考えずに、互いにゆるい感想を言い合うくらいの距離でわたしは満足だ。
このまま友達になら、なれるかもしれない。今みたいな自然体が心地いい。
* * *
スペイン最終の夜、わたしたちは最後の晩餐なのだからと、少し値の張る店に行こうと話し合った。
わたしたちは食事の前に一度ホテルに戻った。
ディナータイムの始まりが遅いため、小休憩というわけなのだけれど、わたしはこれからやることがたくさん。
着替えるのは、日本から唯一持ってきたワンピース。ブダペストでは寒さに負けてしまったけれど、ここバルセロナの気候にはもってこい。
最後くらいはちゃんとおしゃれをしたい。
一度化粧を全部落としてからのメイク直しは入念に。ヘアアイロンが無いのがちょっと無念だったけれど、そのかわり丁寧にブラシを入れた。
でも、あんまりヘアアレンジをすると、先ほどまでとの変わり様に駿人さんから気合を入れていることがバレてしまう。
この匙加減が難しい。動画サイトでいくつかヘアアレンジ動画を観たけれど、結局無難にシュシュでまとめるだけにしてしまう。
準備に思いのほか時間がかかってしまい、気が付けば待ち合わせの時間だった。
駿人さんも昼間はシャツだけだったけれど、今は薄手のジャケットを羽織っている。
着替えたわたしを見て細めた目が柔らかだった。
「似合っているよ、沙綾」
「棒読みな気がするのは気のせい?」
「いいや」
唇を尖らせるのに、なにやら口元がむずむずしてしまう。
二人で地下鉄を乗り継いでやってきたのはバルセロナの中心部にある創作スペイン料理店。ハイシーズン前ということで昨日駿人が電話をして予約が取れたレストランバーは、オープン直後だというのに、すでに少なくない人々ですでにフロアはにぎわっている。
食前酒で乾杯をして運ばれてきた前菜のサーモンとアボカドのタルタルに頬を緩んでしまう。
生姜風味のソースがいいアクセントになっている。
バルセロナは海が近いこともあって、最近わたしたちは魚介メニューばかり頼んでいる。
メイン料理のホタテのグリルは火加減が絶妙で、付け合わせのアスパラガスもしゃきしゃきで美味しい。
まるでデートのようだ、なんて考えたとたんに、これまでずっと二人旅行だったことを意識してしまう。
まるで隠れ家のような、落ち着きのある店内と美味しい食事というシチュエーションに完全に飲まれている。
最初は何を話していいのか、そもそも会話なんて続くわけもないし、と考えていたのに、思いついたことを話せばそこから会話が広がるようになっていた。
「俺、週明けから仕事できる気がしない……」
「駿人さんでもそういうこと言うんだ。仕事大好き人間だと思っていた」
「日本に帰っていなかったってだけで一応毎年ちゃんと休みは取っていたよ。さすがに三週間もまとめて取ったのは初めてだったけど」
それもそろそろ終わりだな、と駿人さんは苦笑いだ。「正直、ここまで長い休みだと次の出社が辛くなる」と彼は続けた。
「お仕事頑張ってください。わたしはもう少しだけ現実逃避しますんで」
「沙綾はこのあとイギリスか」
「はい。ロンドンに行きます」
このあとは四週間ほどリリーのいるロンドン滞在だ。
でも、そこには駿人さんはいないんだよね。彼と一緒にロンドン歩きをしたかったな、と考えその想いを何とか心の奥に封印する。