スマホのアラームの音に起こされたわたしは、何か違和感を感じた。
 ベッドから見える景色が昨日と違う。昨日は部屋の家具を見下ろしていたのに、今日は視界がやけに低い。

「うー……」

 わたしは自慢ではないけれど、寝起きが良い方ではない。毎日自分を叱咤してベッドから起き上がっていたけれど、今は無職。ということは二度寝が許されるわけで。

 わたしはもう一度枕の上に突っ伏した。
 ああ、二度寝最高。

「起きろ、沙綾」

 近いところで駿人さんの声が聞こえる。
 もうちょっと寝かせて。
 わたしは上から振ってくる声を無視して再び夢の中に逃げようとする。

「寝起きすっぴんを写真に撮ってSNSにばらまくぞ」
「なっ!」
 あまりに非道な宣告に慌てふためいたわたしは思い切り起き上がった。

「痛っ……」

 勢いに任せて立ち上がろうとしたら頭を思い切りぶつけた。
 もしかして天井にぶつけた? いや、まさか。まだ立ち上がってもいないのに。せいぜい膝を立てようとしただけ。

「大丈夫か?」

 頭を押さえてうずくまると、わたしの手の上から大きな手のひらが覆いかぶさってきた。

「痛い……」
「寝ぼけたまま勢いよく起き上がろうとするから」

 と、このときになってようやくわたしは周囲を見渡す余裕が生まれた。

「あれ? どうしてわたし下で寝てるの?」
「そこからかよ」

 駿人さんががっくりと項垂れた。

「沙綾、昨日部屋に着くなり下の段のベッドにダイブしてそのまま寝落ちしたんだよ。俺が何回も起こそうとしたのに、起きなかったな」

 ということは、もしかして化粧したまま寝てしまった?
 うわぁぁ。悲惨だ。
 というか、二段ベッドの下の段ってことは。

「もしかして、駿人さんの場所を奪って……?」
「もしかしなくても、奪われたな」
「うわぁぁ。ごめんなさい」

 わたしはその場で土下座した。

「この場合は不可抗力だから、俺が上で寝た」
「そうですね……」
「先、洗面所使う?」

 駿人さんも今しがた起きたばかりなようだ。

「シャワー浴びたいし、わたし女子シャワールーム使ってくる。長くなるし」

 なにせ昨日は何もしないで寝てしまったようだし。
 気持ちよく酔っぱらってそのまま寝落ちとか。だめな社会人の見本ではないだろうか。

「いいよ、沙綾が部屋のシャワー使って」
「でも」
「俺が外の洗面台使ってくる」

 駿人さんは手早く洗面用具を持って出て行ってしまった。
 一人残されたわたしはというと。
 その場に固まることしばし。

 着衣の乱れもないし、本当に寝落ちしたんだろうな。
 まあ、こんなものだよね。幼なじみの関係なんて。

 私は嘆息して、立ち上がった。駿人さんがいなくなって、ほんの少しだけ広く感じる部屋を見渡す。
 同室も今日で解消で、今夜からそれぞれドミトリールームに移動予定。

 最初はどうなることかと思ったけれど、軽口をたたき合いながら過ごす時間が嫌なものではなくて。むしろ楽しくて。

 終わってしまうのが名残惜しくて。
 わたしは気分を変えるために熱めのお湯でシャワーを浴びた。

 * * *

 マドリードから高速鉄道AVEに揺られること約二時間半。

「ほぼ定刻通りに着いたぁ~」

 大きなスーツケースとともにバルセロナの地に降り立ったわたしは、何のトラブルもなく到着したことに感動していた。
 気が付けば駿人さんとの旅行もバルセロナが終着地。彼の三週間の長期休暇も終わりというわけだ。

 昨日はマドリードからバスに乗って一日トレドを満喫。
 中世の街並みを色濃く残す旧市街を歩き回った。旅の始まり時はあれほど自由行動にこだわっていたのに、結局昨日はずっと二人で行動していた。

 バルセロナは三泊の予定。きっと、あっという間に過ぎてしまうんだろうな。
 歩く傍ら、地下鉄に乗って宿泊予定のホテルへと向かう道すがら、わたしはそんなことを考える。

「にしてもサグラダ・ファミリア駅徒歩三分のホテルって、沙綾の目的が丸わかりというか」
「いいの。この地区に泊まれば絶対にサグラダ・ファミリアには行けるでしょう」

 地下鉄駅を降りて地上へ出ると、規則正しく区画整理された新市街の街並みが出迎えてくれた。マドリッドの旧市街で見た建物に比べると全体的にこぎれいな印象の建物ばかり。
 マドリードではホステルを予約したけれど、バルセロナでは中級クラスのホテルを予約してある。

 駿人さんも同じホテルだ。
 今回はさすがにダブルブッキングなんていうハプニングに遭うこともなく、チェックインすることができた。

「さあ、荷物も預けたし張り切って観光しようか」
「元気いいな」
「まだ二十代だから」

 しんみりした気持ちを寄せ付けたくなくて、わたしは余計に元気よく駿人さんに絡んでしまう。
 ホテルの周辺を少し歩いただけでサグラダ・ファミリアの一部が視界に入ったりして。