ここで会ったのも何かの縁だからと、わたしたちは四人でマドリード観光をすることになった。エミールはすでに何度もこの地を訪れていて、マドリードの良さをわたしたちに伝えたいらしい。

「ハヤト、フィアンセがいるって言っていたけれど、一向に紹介してくれないし、本当に存在するのか疑問だったんだ」
「ちょっと、駿人さん?」

 エミールは聞き取りやすい英語を使ってくれる。その彼の口からとんでもない単語が飛び出して、わたしは眦を吊り上げた。

「エミール、沙綾と俺は実は単なる幼なじみ。フィアンセ云々で盛り上がっているのは俺たちの家族たちで沙綾は俺のことは何とも思っていないんだ」

 わたしの声の調子から色々と察したらしい。駿人さんが英語で注釈した。ところどころしか聞き取れなかったけれど、エミールはその説明を聞いた後、わたしと駿人さんの顔を交互に眺めた。

「あ、もしかしてサーヤがまだティーンだから?」
「ええっ。い、いえ。わたし、二十五歳です」
「本当に? 僕と同い年だなんて。信じられない」

 エミールが大げさに驚いた。ちなみにその隣ではオリヴィアも同じように口をぽかんと開けている。

「本当です」
「アジア人ってみんな若く見えるよね。十八くらいかと思った」

 それはお世辞が過ぎるってものだ。わたしは愛想笑いを顔に張り付けた。これを真に受けると、あとで駿人さんにからかわれそうだ。

 二十五歳で未成年に間違われるとは思っても見なかった。これまでの旅行でレストランに入れば普通にお酒も注文していたのだけれど。
 なんてことを話すと「え、だって十八歳ならお酒飲めるよね」と返された。
 なるほど、法律の違いというやつか。

 話ながら歩いていると、あっという間に王宮近くのオリエンテ広場までやってきていた。宮殿前は広場になっていて、大きな樹が等間隔に植えられている。今日は日曜日ということもあって、ずいぶんと賑わっている。

 白い宮殿は太陽の光を反射して眩しいくらい。エミールたちがサングラスをしているのも納得。わたしもあとで買った方がいいかもしれない。

 四人はチケットを買って王宮内へ足を踏み入れた。まず見学者を驚かすのは大階段で、天井に描かれている絵画がすばらしい。これまでの旅行でいくつかの宮殿を見学してきたけれど、そのどれにも劣らないほど美しく華麗な大階段に目を奪われる。

「とってもきれいでしょう」
 オリヴィアが話しかけてきた。

「はい。素敵です」

 大きく頷くと彼女がふわりと微笑んだ。彼女も二十五歳で、同じ年ということもあって仲良くなれたらいいなと考える。
 もっと話をしてみたくて、拙い英語で質問する。

「スペインにはどのくらい住んでいるの?」
「大学を卒業した後、インターンをマドリードで始めたの」
「大学はドイツで?」
「ええ。そこでエミールと出会ったのよ」

 オリヴィアはちらりと男性二人に視線を向ける。彼らは二人で話し込んで……いや、エミールが駿人さんにじゃれついている。なにか、細身の犬に懐かれているのを想像してしまう。

「じゃあずっと遠距離恋愛?」
「そうね。でも、スペインとドイツは近いから」

 それは確かに。今回のヨーロッパ周遊で、ヨーロッパの国々の距離感を肌で感じている。
 シムカードだって、ヨーロッパ各国で使えるものが出回っているくらいだし。

「エミールとハヤト、仲いいね」
「仕事のできる日本人の同僚がいるって、彼言っていたわ。最初、同じ年に見えて積極的に話しかけたら、年上でびっくりしたって」
「えええっ!」

 わたしはつい大きな声を出してしまった。

「どうした、沙綾」
 駿人さんが振り向いた。
「ううん。なんでも」

 わたしはつい噴き出してしまう。だって、駿人さんがエミールと同じ年って。

「なんか、失礼なこと考えているだろう」
 駿人さんはわたしにだけ聞こえる声で日本語で囁いた。

「いえいえ。まさか。エミールが駿人さんをタメだと勘違いしていたことを聞いて笑ったとか、そういうことでもないから」
「大真面目な声で全部暴露してるじゃないか」
「さすがに、それはないかなあって」

 まだ口元を震わせているわたしを見たエミールが「どうしたの?」と割って入った。

 それを駿人さんが素早く英語で訳する。
 するとエミールが「そうなんだよ。同じ年なのに、故郷から遠く離れたドイツで配属されて頑張っているなあって感心していたんだ」と頷いた。

 ところがふたを開けてみれば年上だった、と。

「ほら、真面目に観光するぞ」
 今日初めて会ったエミールたちはとても気さくで、賑やかな王宮見学となった。

 * * *