これまでの日程がどれだけ順調だったのか、わたしは今痛感しながらターンテーブルの前でスーツケースを待っている。
ちなみにお腹はグーグー鳴っている。
ヨーロッパ旅行十四日目、スペインはマドリード。現在の時刻は夜の二十時を少し回ったところ。
「夕飯、空港内で済ませるか」
心なしか駿人さんの声にも覇気がない。わたしは力なく頷いた。
ターンテーブルを取り囲む同じ便で到着をした人々の顔もどこか冴えない。皆ぐったりしている。ウィーン発マドリード行きの飛行機が四時間ほど遅れたのだから、仕方がない。
十二時過ぎには離陸をしているはずだったのに、到着したのは二十時過ぎ。空港でいつ飛ぶかも分からない状態で足止めをされると地味にメンタルが削がれるということが分かった。
十二時過ぎには離陸をしているはずだったのに、到着したのは二十時過ぎ。空港でいつ飛ぶかも分からない状態で足止めをされると地味にメンタルが削がれるということが分かった。
スーツケースを回収して、空港で塩辛いだけのパエリアを食べたら少しばかり元気が出てきた。何しろお昼はウィーンの空港のカフェでサンドウィッチを食べたきり。
ようやく今日泊まるホステルに向けて出発、と思ったら今度はRENFE近郊線も遅れていてアトーチャ駅にたどり着き、そこから地下鉄を乗り継いでホステルのフロントに足を踏み入れた時には夜の十一時を回っていた。気力も化粧もボロボロだ。
そしてさらに、もうひと悶着がわたしたちを待ち受けていた。
「沙綾、今日はもうホステルのベッドは男女ともに一杯だって。だから系列のホステルを案内するからそっちに泊まれってことだ」
ホステルのフロント係が話す英語を半分ほど聞き取ったわたしの隣で駿人さんが素早く英語で応対。何度かやり取りをした末の彼の言葉がこれだった。
「え、ええっ?」
フロント係の女性は何度か、フルと言っていた。Fullということらしい。ベッドがフルだと言っていたけれど、わたしは確かにこのホステルの女性用ドミトリーを予約した。
なんなら予約確認のメールだって持っている。
「ここから五分ほど行ったところにあるホステルらしい」
「……わかった」
どうやらダブルブッキングということらしい。確かに聞いたことがある。
キャンセルを見越して多めの予約を受け付けるとかなんとか。それで、夜遅くに到着したわたしたちが割を食うことになったらしい。
飛行機のせいなのに、世間が世知辛くて辛い。
仕方なしに頷くと、フロント係の女性が別のスタッフを呼んだ。奥から現れたのは両耳に合計五つ以上はピアスをつけている短髪でガタイのいい男性スタッフ。
彼に先導されて、わたしたちは夜道を歩いて今しがた訪れたホステルと同じようなヨーロッパ特有の連なった建物の中へ入った。
ホステルの受け付けは二階にあった。ピアスの男性が受付で暇そうにしていたスタッフにわたしたちを引き渡す。
ドレッドヘアが特徴的な男性スタッフがパソコンの画面を何度かクリックしているうちに元のホステルの男性スタッフは帰ってしまった。
ドレッドヘアのスタッフが英語で話しかけてきた。訛りのある英語だったが、なんとか聞き取れた。どうやらこの宿もドミトリーは一杯らしい。
あんまりな事態に、頭の中が真っ白になる。だって、もうすぐ日が変わる。
さすがに駿人さんの顔も険しくなって、何か言おうと口を開きかけたのを、スタッフが手を前に出して制する。
今度は早口な英語だった。わたしは完全に置いてかれる格好となり、スタッフと駿人さんが会話をしていくのを焦燥しながら見守った。
かろうじて聞き取れたのはツインルームがどうとか。
「沙綾」
駿人がため息を吐きながら、わたしを呼ぶ。
「ドミトリーは一杯だけどツインルームは空いているから、二人が友達同士なら一緒の部屋に泊まればって提案された」
「えっ!」
予想もしていなかった提案内容に声がひっくり返る。
「ダメダメ。ノーツインルーム。オーケー?」
わたしは慌ててスタッフに英語で伝えた。駿人と同室で寝泊まりとか絶対に無理!
え、だって普通に考えてだめだよね。だって、結婚前の男女だよ。
「ノー」
スタッフは非情だった。
わたしは慌ててスマホを取り出した。ドミトリーにこだわらなくてもマドリードにはホテルもたくさんある。個室が全部埋まっているということは絶対にありえない。
慌てるわたしの横で駿人さんとスタッフが再び会話を始める。
「沙綾、とりあえず二泊。そのあとは女性用ドミトリーに移れるって」
「二日も駿人さんと一緒なの?」
絶望的な声を出すと駿人さんが少しだけ顔を引きつらせた。
「そこまで嫌な顔されると俺も傷つくけど……。べつに同室だからって沙綾を取って食おうとか思ってないし。そこまで信用されていないとそれはそれで傷つく」
「別にそこまで自意識過剰じゃないけれど」
どちらかというと、わたしの心境の問題だ。彼はたぶん、わたしには興味なんてないのだろうし、どうせ同じ部屋でわたしが寝ていようともなんとも思わないのだ。
そう思うと、なんだかむかむかしてきた。
結局意識しているのはわたしだけなのだ。そう思うと、かたくなに拒否するのもばかばかしくなった。こうしている間にも時間は過ぎていく。いい加減ベッドにダイブしたい。
「じゃあ俺と同室でいいね」
「うん」
今度は素直に頷いた。駿人さんだって今日は予想外のことだらけで疲れているはず。
案内されたツインルームは階段を上がった三階で、長方形の部屋だった。二段ベッドとテーブルと椅子が置かれた簡素な部屋だか狭いながらもシャワールームが付いている。
「こ、これなら……まあなんとか」
二段ベッドなら寝顔を見られる心配はなさそうだ。
ングルベッドが二台並んだ部屋よりもだいぶましだし、プライベートシャワー付きというのもありがたい。料金はドミトリーの金額のままでよいと、駿人さんが交渉してくれた。
「わたし、上の階で」
わたしは先手で陣地を宣言した。
ちなみにお腹はグーグー鳴っている。
ヨーロッパ旅行十四日目、スペインはマドリード。現在の時刻は夜の二十時を少し回ったところ。
「夕飯、空港内で済ませるか」
心なしか駿人さんの声にも覇気がない。わたしは力なく頷いた。
ターンテーブルを取り囲む同じ便で到着をした人々の顔もどこか冴えない。皆ぐったりしている。ウィーン発マドリード行きの飛行機が四時間ほど遅れたのだから、仕方がない。
十二時過ぎには離陸をしているはずだったのに、到着したのは二十時過ぎ。空港でいつ飛ぶかも分からない状態で足止めをされると地味にメンタルが削がれるということが分かった。
十二時過ぎには離陸をしているはずだったのに、到着したのは二十時過ぎ。空港でいつ飛ぶかも分からない状態で足止めをされると地味にメンタルが削がれるということが分かった。
スーツケースを回収して、空港で塩辛いだけのパエリアを食べたら少しばかり元気が出てきた。何しろお昼はウィーンの空港のカフェでサンドウィッチを食べたきり。
ようやく今日泊まるホステルに向けて出発、と思ったら今度はRENFE近郊線も遅れていてアトーチャ駅にたどり着き、そこから地下鉄を乗り継いでホステルのフロントに足を踏み入れた時には夜の十一時を回っていた。気力も化粧もボロボロだ。
そしてさらに、もうひと悶着がわたしたちを待ち受けていた。
「沙綾、今日はもうホステルのベッドは男女ともに一杯だって。だから系列のホステルを案内するからそっちに泊まれってことだ」
ホステルのフロント係が話す英語を半分ほど聞き取ったわたしの隣で駿人さんが素早く英語で応対。何度かやり取りをした末の彼の言葉がこれだった。
「え、ええっ?」
フロント係の女性は何度か、フルと言っていた。Fullということらしい。ベッドがフルだと言っていたけれど、わたしは確かにこのホステルの女性用ドミトリーを予約した。
なんなら予約確認のメールだって持っている。
「ここから五分ほど行ったところにあるホステルらしい」
「……わかった」
どうやらダブルブッキングということらしい。確かに聞いたことがある。
キャンセルを見越して多めの予約を受け付けるとかなんとか。それで、夜遅くに到着したわたしたちが割を食うことになったらしい。
飛行機のせいなのに、世間が世知辛くて辛い。
仕方なしに頷くと、フロント係の女性が別のスタッフを呼んだ。奥から現れたのは両耳に合計五つ以上はピアスをつけている短髪でガタイのいい男性スタッフ。
彼に先導されて、わたしたちは夜道を歩いて今しがた訪れたホステルと同じようなヨーロッパ特有の連なった建物の中へ入った。
ホステルの受け付けは二階にあった。ピアスの男性が受付で暇そうにしていたスタッフにわたしたちを引き渡す。
ドレッドヘアが特徴的な男性スタッフがパソコンの画面を何度かクリックしているうちに元のホステルの男性スタッフは帰ってしまった。
ドレッドヘアのスタッフが英語で話しかけてきた。訛りのある英語だったが、なんとか聞き取れた。どうやらこの宿もドミトリーは一杯らしい。
あんまりな事態に、頭の中が真っ白になる。だって、もうすぐ日が変わる。
さすがに駿人さんの顔も険しくなって、何か言おうと口を開きかけたのを、スタッフが手を前に出して制する。
今度は早口な英語だった。わたしは完全に置いてかれる格好となり、スタッフと駿人さんが会話をしていくのを焦燥しながら見守った。
かろうじて聞き取れたのはツインルームがどうとか。
「沙綾」
駿人がため息を吐きながら、わたしを呼ぶ。
「ドミトリーは一杯だけどツインルームは空いているから、二人が友達同士なら一緒の部屋に泊まればって提案された」
「えっ!」
予想もしていなかった提案内容に声がひっくり返る。
「ダメダメ。ノーツインルーム。オーケー?」
わたしは慌ててスタッフに英語で伝えた。駿人と同室で寝泊まりとか絶対に無理!
え、だって普通に考えてだめだよね。だって、結婚前の男女だよ。
「ノー」
スタッフは非情だった。
わたしは慌ててスマホを取り出した。ドミトリーにこだわらなくてもマドリードにはホテルもたくさんある。個室が全部埋まっているということは絶対にありえない。
慌てるわたしの横で駿人さんとスタッフが再び会話を始める。
「沙綾、とりあえず二泊。そのあとは女性用ドミトリーに移れるって」
「二日も駿人さんと一緒なの?」
絶望的な声を出すと駿人さんが少しだけ顔を引きつらせた。
「そこまで嫌な顔されると俺も傷つくけど……。べつに同室だからって沙綾を取って食おうとか思ってないし。そこまで信用されていないとそれはそれで傷つく」
「別にそこまで自意識過剰じゃないけれど」
どちらかというと、わたしの心境の問題だ。彼はたぶん、わたしには興味なんてないのだろうし、どうせ同じ部屋でわたしが寝ていようともなんとも思わないのだ。
そう思うと、なんだかむかむかしてきた。
結局意識しているのはわたしだけなのだ。そう思うと、かたくなに拒否するのもばかばかしくなった。こうしている間にも時間は過ぎていく。いい加減ベッドにダイブしたい。
「じゃあ俺と同室でいいね」
「うん」
今度は素直に頷いた。駿人さんだって今日は予想外のことだらけで疲れているはず。
案内されたツインルームは階段を上がった三階で、長方形の部屋だった。二段ベッドとテーブルと椅子が置かれた簡素な部屋だか狭いながらもシャワールームが付いている。
「こ、これなら……まあなんとか」
二段ベッドなら寝顔を見られる心配はなさそうだ。
ングルベッドが二台並んだ部屋よりもだいぶましだし、プライベートシャワー付きというのもありがたい。料金はドミトリーの金額のままでよいと、駿人さんが交渉してくれた。
「わたし、上の階で」
わたしは先手で陣地を宣言した。