リリーの期待に満ちた声が電話越しに聞こえてくる。

「友達だからね。友達!」

 それ以上でもそれ以下でもない。旅の道ずれ。同行者。その前に二人は幼なじみ。
 お互いに知った仲だから打ち解けるのも早くて、同じ社会人だからこそ出せる空気感もある。それだけのことであってそれ以上の感情は何もない。

 ここはしっかり彼女に言い聞かせておかないと。息を吸ったと同時に上から何かが被せられた。

「風邪ひくぞ」

 小声は駿人さんのもの。というか、日本語な時点で相手はお察しだ。
 今まさに話題に出ている人物の登場に、わたしの体温がぎゅーんっと上がった。

「は、はや……」

 ちょっと待って。聞かれていた? 今の話、聞かれていた?

『お付き合いの常套句だよ。友達からスタートって』
 リリーはしたり声でわたしを諭してくる。

「リリー、ちょっともう遅いからまた明日ね。スペイン着いたら連絡するよ」

 この状況で話せる気がしない。少々強引に通話を畳む。

『え、ああうん』

 ぷつっと通話を切ると駿人さんが「もういいのか?」と尋ねてきた。

「うん。結構頻繁に電話してるし。ほら、リリー。駿人も知っているでしょう?」
「リリー? 日本人じゃないのか? その割には沙綾日本語だったけど」
「上条凛々衣。たぶん駿人も何回か会ったことあると思うけど」
「……ああ。上条家のお嬢さんか」
「そういえば、リリーと駿人をくっつけようとは思わなかったのかな、駿人のおじいちゃん」

 なんとなく思いついたことを口にしてみる。
 リリーのおじいさんも駿人さんのおじいさんと顔見知りで、その関係で二人とも知った仲だ。

 駿人さんは苦いコーヒーを飲んだような顔を一瞬したあと、わたしの顔をさまざまと見つめてきた。
 じっと見つめられて、どきりとする。

「……俺と上条さんところのお嬢さんは合わないと思うよ」
「なにかあったの?」
「言うほどのことは無いけど。俺の勘」
「ふうん」

 わたしは立ち上がった。

「あれ、もう行くの?」
「うん。そろそろ乾燥機終了したかなって」

 それにシャワーを浴びて荷物の整理もしないと。明日は飛行機に乗って移動するのだ。

「駿人さんはもうちょっとのんびりしている?」
「ああ。ちょっとメールチェックしてる」
「じゃあね、お休み。あ、パーカー返すね」

 軽く手を振って、ランドリールームへ向かった。
 彼の視線を感じたけれど、たぶんリリーとの会話のせいでわたしが自意識過剰になっているだけだ。

 乾燥機から洗濯物を取り出すと、ほかほかと暖かくて洗剤の香りが鼻に届いた。
 男としてどうなのか、か。
 リリーの発言を頭の中で反芻して、わたしは一人でもう一度体温を高くする。

 小さなころ憧れていた駿人さんと大人になって一緒に旅をしている。
 隣を歩く駿人さんに釣り合いたくて、わたしはウィーンで出会った日本人女子に触発されてワンピース姿を彼に披露するという、大分分かりやすい行動をとってしまった。

 あれは、ちょっと対抗心を燃やし過ぎた。
 大体、駿人さんの方はわたしのことなんてなんとも思っていないのだ。
 結婚は条件だとか言うし。許嫁は解消しないとか言ったくせに、あのあと特に何も……いや、ウィーンで婚約者だと言われたんだった。

 あのときはわたしも否定しなかったけれど。きっとあれは、知り合いになった女子二人組への牽制でもあるわけで。

 というか、やっぱりモテる男は自分への秋波も素早く察知するものなのか。
 ……。なにか、面白くない。

 わたしは持っていたほかほかの洗濯物をぎゅっと腕の中で潰してしまった。