「俺、沙綾に冷たくしたことあったかな?」
そんなことを尋ねられたのは、わたしが土産物店でカロチャ刺繍の小物を前にうんうんと悩んでいるときのこと。
大きなものはそれなりによい値段がしている。
どうやら彼はずっと過去の思い出を漁っていたらしい。
話を振ってしまった手前、わたしは渋々答えることにする。
「……中学の制服を見せに行ったのに駿人、ちっとも反応してくれなかったじゃん」
ぶっちゃけ黒歴史だから、これ以上深堀はしたくない。
「あー……あのときか。確か沙綾ももう中学生か。道理で俺も年取るはずだな、今年は高三かとか思った記憶がある」
「ど、どんな思い出し方よ」
「えっと、あのときの無反応をいま言われている?」
「べ、べつに。あのときは硬派だったのに、今は女の子にはだれにでも可愛いとか言っちゃえるくらい軽くなったんだなって思ってだけ。別に、駿人がそういう風に育ってもわたしには関係ないし」
「俺だって別に会う女性全員に可愛いとか言わないよ」
「ふ、ふうん」
わたしはうっかり動揺したことを隠すため、土産物選びに集中する振りをする。
振りなだけで、ちっとも選べていないけれど。
「だいたいな、あのときの俺は思春期真っ盛りだったんだよ。母親に呼ばれて、沙綾と母親の前で褒めろとか、どんな羞恥プレイだよ。男にとってはめちゃくちゃ恥ずかしいんだよ。母親の前で女の子褒めるとか。そのあと絶対何かにつけて母親にからかわれるのわかりきっているだろ」
「べつに……そこまでこだわってないし」
「いや、いまめちゃくちゃこだわってるだろ」
「こだわっていないから! ぶっちゃけ今ものすごく恥ずかしいからこの話題は今すぐにやめようか」
あれから何年経っていると思っているのだ。これ以上は心臓が持たないため、わたしは迷っていた品物を手に取った。
「わたしこのコースター買うことにする!」
選んだのは白いレースの真ん中に赤や黄色の花が咲いているデザイン。あまりにも可愛らしくて普段使いはできそうもない。
お会計を済ませると駿人さんが待っていてくれて、しかも穏やかな顔をしてこんなことを言う。
「今日のワンピースも、普通に似合っているよ。最近ずっとパンツ姿だったからちょっと新鮮だった」
不意打ちにわたしの頭が沸騰する。
は、反則! 今そんなことを言うだなんて、レッドカード級にだめ!
* * *
ウィーン最終日の夜、わたしはホステルの共有スペースの一角に設えてあるソファに座って通話アプリを立ち上げていた。
先ほど共用のランドリーに洗濯物を突っ込んできて、洗濯と乾燥待ちでもある。ソファと椅子席が置かれた共有部分は、大きな家のリビングルーム兼ダイニングルームのようでもある。キッチンも隣接していて、今も誰かが調理中。
『明日からサーヤはスペインかあ。いいなあ。なんだかんだで駿人お兄ちゃんとうまくやってるみたいじゃん』
「お兄ちゃんじゃないからね」
『じゃあいまは何なのよ?』
「べ、べつにふつーの友達、みたいな。旅のお供?」
電話相手のリリーのからかいを含んだ声に、わたしは慌ててそっけない声を作った。
まったく、女友達と話をするとすぐに人を誰かとくっつけたがるのだから困ってしまう。
『ふぅぅん。その割には毎日楽しそうじゃん。沙綾のインスタ』
「なっ、そ、そんなこと……。旅行しているんだから楽しいでしょうが」
『今まで社畜でブラックだったもんね。毎日夜遅くまで働いて心配してたんだよ~。まあゆっくりリフレッシュしてよ』
「今が楽しすぎて日本帰って再就職活動するのが億劫……」
『だったら駿人にお嫁に貰ってもらえばいいじゃん』
「そ、それはそうと。シェアメイトのマリアさんにもよろしく言っておいてね」
わたしはリリーの楽し気な台詞をスルーして別の話題を振った。
『うん。彼女も留守の間サーヤが部屋借りてくれて助かったって』
スペインの次の目的地はいよいよイギリスはロンドン。ここでは約四週間を予定している。
その間日本人宿のドミトリーにでも滞在しようと思っていたけれど、このまえリリーと今みたいに電話していたら、ちょうど彼女のフラットメイトがハンガリーに一時帰国をするとかで、部屋を空けている期間格安で借りないか、という話を持ち掛けられた。
「わたしのほうも宿代が安く済んでよかったし」
『で、さっきの続き。駿人と一緒に旅していてどうなのよ?』
話がもとに戻ってしまった。
今日はぐいぐい来るな。
「べつに普通だって。そりゃあ一緒に行動しているから仲良くはなるよ? 今はお互いにプライベートも尊重し合っているし。確かに駿人に荷物見ていてもらえるからトイレ行くのも楽だし」
『んもう! そういうことじゃなくって、男としてはどうなのよ』
リリーの言葉は直球だった。おかげでわたしのほうがあたふたしてしまう。今絶対に顔が真っ赤になっているはず。
体温も上昇して、わたしは手のひらでぱたぱたと顔をあおぐ。
『え、まんざらでもない感じ?』
そんなことを尋ねられたのは、わたしが土産物店でカロチャ刺繍の小物を前にうんうんと悩んでいるときのこと。
大きなものはそれなりによい値段がしている。
どうやら彼はずっと過去の思い出を漁っていたらしい。
話を振ってしまった手前、わたしは渋々答えることにする。
「……中学の制服を見せに行ったのに駿人、ちっとも反応してくれなかったじゃん」
ぶっちゃけ黒歴史だから、これ以上深堀はしたくない。
「あー……あのときか。確か沙綾ももう中学生か。道理で俺も年取るはずだな、今年は高三かとか思った記憶がある」
「ど、どんな思い出し方よ」
「えっと、あのときの無反応をいま言われている?」
「べ、べつに。あのときは硬派だったのに、今は女の子にはだれにでも可愛いとか言っちゃえるくらい軽くなったんだなって思ってだけ。別に、駿人がそういう風に育ってもわたしには関係ないし」
「俺だって別に会う女性全員に可愛いとか言わないよ」
「ふ、ふうん」
わたしはうっかり動揺したことを隠すため、土産物選びに集中する振りをする。
振りなだけで、ちっとも選べていないけれど。
「だいたいな、あのときの俺は思春期真っ盛りだったんだよ。母親に呼ばれて、沙綾と母親の前で褒めろとか、どんな羞恥プレイだよ。男にとってはめちゃくちゃ恥ずかしいんだよ。母親の前で女の子褒めるとか。そのあと絶対何かにつけて母親にからかわれるのわかりきっているだろ」
「べつに……そこまでこだわってないし」
「いや、いまめちゃくちゃこだわってるだろ」
「こだわっていないから! ぶっちゃけ今ものすごく恥ずかしいからこの話題は今すぐにやめようか」
あれから何年経っていると思っているのだ。これ以上は心臓が持たないため、わたしは迷っていた品物を手に取った。
「わたしこのコースター買うことにする!」
選んだのは白いレースの真ん中に赤や黄色の花が咲いているデザイン。あまりにも可愛らしくて普段使いはできそうもない。
お会計を済ませると駿人さんが待っていてくれて、しかも穏やかな顔をしてこんなことを言う。
「今日のワンピースも、普通に似合っているよ。最近ずっとパンツ姿だったからちょっと新鮮だった」
不意打ちにわたしの頭が沸騰する。
は、反則! 今そんなことを言うだなんて、レッドカード級にだめ!
* * *
ウィーン最終日の夜、わたしはホステルの共有スペースの一角に設えてあるソファに座って通話アプリを立ち上げていた。
先ほど共用のランドリーに洗濯物を突っ込んできて、洗濯と乾燥待ちでもある。ソファと椅子席が置かれた共有部分は、大きな家のリビングルーム兼ダイニングルームのようでもある。キッチンも隣接していて、今も誰かが調理中。
『明日からサーヤはスペインかあ。いいなあ。なんだかんだで駿人お兄ちゃんとうまくやってるみたいじゃん』
「お兄ちゃんじゃないからね」
『じゃあいまは何なのよ?』
「べ、べつにふつーの友達、みたいな。旅のお供?」
電話相手のリリーのからかいを含んだ声に、わたしは慌ててそっけない声を作った。
まったく、女友達と話をするとすぐに人を誰かとくっつけたがるのだから困ってしまう。
『ふぅぅん。その割には毎日楽しそうじゃん。沙綾のインスタ』
「なっ、そ、そんなこと……。旅行しているんだから楽しいでしょうが」
『今まで社畜でブラックだったもんね。毎日夜遅くまで働いて心配してたんだよ~。まあゆっくりリフレッシュしてよ』
「今が楽しすぎて日本帰って再就職活動するのが億劫……」
『だったら駿人にお嫁に貰ってもらえばいいじゃん』
「そ、それはそうと。シェアメイトのマリアさんにもよろしく言っておいてね」
わたしはリリーの楽し気な台詞をスルーして別の話題を振った。
『うん。彼女も留守の間サーヤが部屋借りてくれて助かったって』
スペインの次の目的地はいよいよイギリスはロンドン。ここでは約四週間を予定している。
その間日本人宿のドミトリーにでも滞在しようと思っていたけれど、このまえリリーと今みたいに電話していたら、ちょうど彼女のフラットメイトがハンガリーに一時帰国をするとかで、部屋を空けている期間格安で借りないか、という話を持ち掛けられた。
「わたしのほうも宿代が安く済んでよかったし」
『で、さっきの続き。駿人と一緒に旅していてどうなのよ?』
話がもとに戻ってしまった。
今日はぐいぐい来るな。
「べつに普通だって。そりゃあ一緒に行動しているから仲良くはなるよ? 今はお互いにプライベートも尊重し合っているし。確かに駿人に荷物見ていてもらえるからトイレ行くのも楽だし」
『んもう! そういうことじゃなくって、男としてはどうなのよ』
リリーの言葉は直球だった。おかげでわたしのほうがあたふたしてしまう。今絶対に顔が真っ赤になっているはず。
体温も上昇して、わたしは手のひらでぱたぱたと顔をあおぐ。
『え、まんざらでもない感じ?』