「二人とも個人で全部手配したの? それともどこか旅行代理店経由?」

 不安そうな二人は駿人さんに問われて、日本でも有名な旅行代理店の名前をあげた。

 その後駿人さんがその代理店に連絡するようスマホを失くした子にてきぱきと指示をした。これからすることを順番に説明をしていくさまはどちらかというと教師か上司のようでもある。

 もう一人の子のスマホからウィーンにある旅行代理店の支店に連絡を入れ、そちらのスタッフと通話している間、わたしたちは少し離れたところから見守っていた。

「なんだかごめんな」
「ううん。旅行中に困っていたら、お互い様でしょ」

 自分の身に置き換えたら心細くなってしまう。わたしがそう言うと、駿人さんが頭をぽんぽんと撫でた。

「沙綾は優しいな」
「そうかな。普通のことだと思うけど」

 頭の上がくすぐったい。さっきまで、なんとなく疎外感を感じていたのに、心の奥を綿毛でくすぐられたかのよう。
 通話を終えた二人がわたしたちのほうにやってきて「できればウィーンの旅行代理店まで付き合ってほしいです」と懇願する。

 ここまで来たら乗り掛かった舟だと思うことにする。
 帰る道すがら、今度は駿人さんはさりげなくわたしの手を握ってきて、わたしはずっと彼の隣をキープしていた。

 朝は振りほどいてしまったのに、今はこの手のぬくもりが心強くて。隣にいるのがわたしでいいのだと思わせてくれる。
 そんなわたしを見て、一人が「本当は蓮見さんの牽制役の妹さんとかじゃないんですかぁ?」と尋ねてきた。

 悪気のない声と表情だけれど、悲しいかな、わたしは女子特有のマウント取りの気配を察してしまう。
 たしかに今日のわたしは、というかこの旅行中ずっとだけれど、カジュアルすぎる格好をしている。化粧だって薄いし、気合の入った二人がわたしを侮るのも無理はない。

「いいや。俺の婚約者」
「え、本当に?」

 わたしが何かを言う前に駿人さんが即答するから、二人はぽかんとした。

「え、あの」

 違うと言おうとすると、駿人さんがわたしの手を握る手を強めた。何も言うな、ということらしい。

 わたしは仕方なく黙った。彼もぐいぐいくるこの二人の質問攻めに辟易したのかもしれない。今更ながらに駿人さんはモテるのだと感じてしまい、わたしはもやもやとしてしまった。

 * * *

「んん~美味しいっ」
「これが老舗の味か」

 夕食前のひと時、わたしたちはようやく名門ホテルのカフェにてザッハトルテにありつくことが出来た。

 高級ホテル内のカフェということもありクロークがあったり内装も豪華で、薄手のブラウスにパンツスタイルというわたしは、ドレスコードに引っかかったらどうしようと内心冷や冷やしていたけれど、スタッフはみんな親切でホッとした。

 ちなみに駿人さんは綿素材のジャケットに黒いパンツとこぎれいにまとめている。

「やっぱり、せっかくオーストリアに来たんだから、これだけは絶対に食べたかった」
「昨日はヴィーナーシュニッツェルにも同じこと言ってなかった?」
「そうだっけ」

 とにかく、食べたいものがたくさんありすぎるという結論に落ち着く。

「この旅行で俺、いろんなケーキ食べれているからマリー・アントワネットの気持ちが少しわかった」
 駿人さんがしみじみした声を出す。

「毎日ケーキ食べれるって最高だなって。パンよりもケーキ食っとけって、俺的には全然あり」
 わたしはぷっと噴き出してしまった。彼の感想も大概だ。

「だって、それマリー・アントワネットの発言じゃないんでしょ」
「まあ、そうだけど。俺は今幸せだってこと」
「ヨーロッパ在住ならオーストリアだってしょっちゅう来られるじゃない」
「男一人だとこういうカフェはまだ敷居が高いんだよ」

 駿人さんが少し口をとがらせる。

「駿人さんって案外に子供っぽいところあるよね」
「そうかな」

 彼が心外そうに眉を持ちあげる。
 わたしはそんな彼のしぐさに、ふふっと笑った。
 今日は色々あったけれど、最後はこうして二人でお茶ができたのだからよしとする。

「こうして二人でお茶したりお酒飲んだり。ご飯の好みを言い合ったり。ここに来て急に仲良くなったよね」
「そうかもな。改めて考えると俺たちって二人で行動したことってこれまでなかったしね」

 駿人さんが目をやわらかく細めた。じっと見つめられたわたし妙にこそばゆくなって視線を逸らせてしまった。

 * * *