「いや。あれは本人が言ったわけではないらしいよ」
「そうなの?」

「当時はフランス中がマリー・アントワネットをディスってたって話だから。新聞とかで色々と話の誇張やねつ造もあったらしい」
「SNSもない時代なのに炎上していたなんて、大変だったんだね」

 この宮殿で生まれ育ったマリー・アントワネットはフランスへ嫁ぐことになる。当時は列車なんて存在していないのだから馬車での移動だ。毎日馬車に乗っての移動だなんて大変だったんだろうな。

 建物内を見て回った後、わたしたちは庭園の丘に建つグロリエッテまで登った。丘まではそれなりに距離と傾斜があって、昨日沢山食べ多分のカロリー消費が出来そう。
 今日はこのあと、ザッハトルテを食べる予定だし、しっかり歩いておかないと。

「ちょっと曇り空だけど、いい眺めだね」

 丘の上からはウィーン市街が一望できる。スマホを取り出して写真を撮って、来た道を戻る。

 移動前にお手洗いを済ませて戻ってくると駿人さんの姿が無かった。
 きょろきょろしつつ、わたしは土産物店を冷やかすことにした。まあ、そのうち戻ってくるだろう。

 店内の商品を何とはなしに見ていると「本当に助かりました」という日本語が聞こえてきて、つい反応してしまった。

 外国で聞こえる日本語だ。耳が勝手反応してしまう。世界的観光名所でもあるわけだし、日本人だっているだろうと顔をそちらに向けてびっくり、駿人さんが見知らぬ女性と並んで歩いてくる。

 春らしい軽やかな花柄スカートやヒール付きのパンプスに小ぶりのショルダーバックを肩から下げている女性二人が駿人さんを挟んでいる。

 えっと、どういう状況だろう。
 その場に佇んでぼんやりと眺めていると、駿人さんの方がわたしに気が付いた。

「沙綾」
 彼が女性二人組に会釈をしてわたしのほうに向かって歩いてくる。
「お連れさん?」
 どうしてだか女性二人までもが駿人さんの後ろをついてきた。

「ああ、俺の彼女」
「!」

 駿人さんが何の気負いも無しに、流れるように言うものだから、わたしのほうがびくりとしてしまう。

 というか、その前に彼女たちはいったいどなたなのだ。
 返事が出来ないでいると、女性二人組はわたしをじろじろと眺めてくる。年頃はわたしと同世代といったところ。二十代中ごろで、上品に染めた茶色の髪の毛はつやつやだし、可愛らしくアレンジされている。隙のない化粧といい東京の丸の内や品川を闊歩していそうなキラキラOLのよう。

「ええと?」
「彼女、スマホを落としたみたいで困っていたようだから、インフォメーションに一緒に付き合ってきた。同じ日本人同士だし」
「それは大変でしたね。見つかったんですか?」

 異国の地でスマホを失くすなど一大事だ。わたしが尋ねると、二人のうち一人が柳眉を下げた。

「いま、探してくれているとのことです。わたしたち、英語もそこまでできるわけでもないから、助かりました」
 それで、と一人が心細そうに付け足す。

「できれば一緒に待っていてほしいんです。ほら、わたしの英語力じゃスタッフの話とか聞き取れないし、聞きたいことだってなかなか聞けないし。その点蓮見さんならさっきもドイツ語話していたし」

 彼女の主張に、駿人さんはうっと詰まってしまい、そしてわたしに視線を向けた。

 困っているときはお互い様だ。
 わたしはゆっくりと頷いた。

「よかったぁ。もう、心細くって」

 女子二人はきゃっきゃと喜び合う。
 それからただ待つだけではつまらないから、宮殿の外を散歩しようということになって、女子二人、しっかりと駿人さんの両側をキープ。わたしはその後ろを付いて歩くという微妙な立ち位置になった。

 二人は東京在住で、現在二十四歳。会社の同期で休みを合わせて旅行に来たのだという。五月に一週間も休みがもらえるとは羨ましい。夏休みにしては早いよね、と思ったのだが、保険会社に勤めている彼女たちは夏休みとは別に一週間お休みを取れるらしい。

 なにその羨ましい環境。つくづく、わたしは辞めた会社のブラック加減を思い知る。

 それから誓った。帰国したら、ホワイトな会社に再就職しようと。

 二人は駿人さんからそれとなく個人情報を聞き出そうとしている。彼女たちが自分たちの情報を晒したのもその一環だ。
 ドイツ在住ということで、ちょっと落胆していたけれど、めげずに質問攻めをしている。

 ていうか、一応わたし彼女ってことになっているんだけど。
 そのわたしを無視して甘い声を出すのだから、これが肉食女子なのかといっそ感心してしまうほど。

 適度に時間を潰してインフォメーションまで戻って、駿人さんがスタッフと何やら話し込んでいる。
 どうやらまだスマホは見つからないらしい。