「甘いものが好きだなんて、駿人さんも可愛いところあるじゃん。一人が寂しいなら、仕方ないからわたしのカフェ巡りに呼んであげる」

 いつの間にか、わたしは昔のように駿人さんとため口で話すようになっていて。
 わたしのちょっと澄ました声を聞いた彼は少し間を置いた後「可愛いところって失礼だからな」と言って、それから「呼んでくれるなら喜んで」とにこりと付け加えた。

 * * *

 ザルツブルク二日目は朝から雨が降っていた。霧雨とかしとしと降りとかではなくて豪快にざあざあと本降りである。

「うわぁ……これはまたやる気をなくす天気……昨日は晴れていたのに」

 昨日の夜、駿人さんと二人で旧市街のライトアップを見ながらホテルに帰ってきたことを思い出す。
 ザルツブルクを流れるザルツァッハ川を挟んで、旧市街と新市街に分かれているのだ。川越しに浮かび上がる旧市街はうっとりするほど幻想的だった。

 隣を歩く駿人さんが夜景のせいか、割増しに精悍に見えてしまい……と思い出したかけてわたしは慌てて頭の中から彼を追い出す。

 これから一緒に朝食を食べに行くのに、どんな顔をしたらいいのだ。
 本降りの中、ブログでお勧めされていた川沿いのカフェでモーニングを頼んで、本日の予定を確認。

「せっかくのバスツアーなのに……雨あがるといいね」
 クロワッサンをちぎりながらわたしは窓の外の重たい雲を見上げた。
「こればかりは俺たちの力じゃどうしようもないからな」
「だよね……」

 クロワッサンもヨーグルトも美味しいのに、天気が悪いと心が沈んでしまう。

 今日はザルツブルク郊外をめぐるバスツアーを申し込んでいたのに。自然現象に文句を言っても仕方がないとはいえ、やる気も沈んでしまう。

 集合時間までは自由行動にして、わたしたちは解散した。
 といっても、この雨では何もする気は起きない。
 わたしはホテルの部屋に戻って荷物の整理をすることに。スーツケースの中身をひっくり返していると、スマホが鳴った。

「げっ……」

 表示されているのはお母さんの名前。

 後ろ暗いことのあるわたしはできれば母とは話したくないのだけれど、旅行中一度は連絡を取っておかないと、帰った後面倒なことになる。

「もしもし」

 わたしは通話ボタンをタップして、時差約七時間の日本との通話を開始した。

 わたしの生存確認をした母は、明るい声で近況報告をしていく。習い事のフラダンスの発表会が近く、練習のため最近よく家を空けていることを言われたため「頑張ってね」と返しておいた。

『それでね、沙綾ちゃん。あなた、会社辞めたでしょう。今住んでいるアパートいつ解約するの? お引越しの準備とか、こっちにも予定があるからちゃんと日程決まったら教えてね』

「え、ちょっと待って。わたし今住んでいるところ解約する予定はないよ?」
『あら、だって。帰国したら部屋解約してドイツに引っ越すんでしょう? 駿人くんと住むために』

 お母さんのおっとりとした声にわたしの頬が引きつった。
 これはちゃんと説明しないとだめだ。

「ちょっと! 何か勘違いしているようだけど、わたしは蓮見さんと付き合ってないからね。今回わたしが蓮見さんに会いに行ったのは、おじいちゃんが勝手にきめた許嫁の件を無かったことにしたいって言いに行くためなんだよ。てゆーか、ドイツに引越しとか、絶対に無いし!」

 わたしは一気にまくしたてた。ちょっと酸欠気味になってしまった。

『あら、まあ……そうだったの。お母さんてっきり今回のドイツ行きは結婚の前準備だとばかり……』

「いやいやいや。まさか。そんなことあるわけないじゃん。大体、わたしたち付き合った記憶もないし。お母さんも知っているでしょ? わたしたちこの数年ろくに会ってもいないんだよ」

『沙綾ちゃん忙しく働いていたものね。でも今はスカイプもあるし、相手の顔をみて電話もできる時代だから、いまどきのカップルってそういうものなのね、って。てっきり……』

「んなわけなぁぁぁいっ!」
『大きな声出さないの。でも、ヨーロッパ一緒に回っているんでしょう』

「それは……まあ、大人の都合ってやつで」

 本当は一人旅の予定だったんだけどね。あまり余計なことを言うと、心配性なお母さんから要らぬ説教を貰うことになるかもしれない。わたしは口を濁した。

『わざわざ駿人くんは休みまで取ってくれたんだから、迷惑かけないようにするのよ。沙綾のわがままに付き合ってヨーロッパ周遊だなんて、ほんとうにいい人ねえ。そんな人なかなかいないわよ。駿人くんならわたしたちも良く知っているし、今は立派に働いているでしょう。ドイツ暮らし、楽しそうじゃない。わたしたちも遊びに行けるし、沙綾ちゃんそのまま結婚したらいいじゃない』

「よくない!」