「俺、あのとき中学生でさ。ただでさえ家族旅行なんて恥ずかしく思うような年ごとになったっていうのに、蓮見家の小さな女の子の遊び相手を押し付けられて」
その小さな女の子が今あなたの隣にいますけれど。
「大人たちの手前、放っておくのもアレだから、適当に散歩させるかって思って、別荘の周りを歩いたんだよね」
そうしたら、と彼は続ける。わたしも覚えている。迷子になって、心細くてべそをかいていたら、駿人さんが見つけてくれて、わたしは慌てて彼のTシャツの裾を掴んだ。
「あのときと今の俺は一緒だな。あのとき、沙綾は俺に謝ったんだよ。きれいな花を見つけてついそっち行ってしまったって。俺は、沙綾のしたいことをくみ取れていなかった。ただ散歩をさせておけば満足するだろうって。今もあんまり変わっていなくて愕然とした。有名な観光地を一緒に巡っていればそれでいいだろうって」
駿人さんは懺悔のように言葉を続けた。
「悪かった。俺はもっと沙綾のしたいことや行きたいところに気を掛けるべきだった」
駿人さんの声が小さくなった。
「……俺の方こそ、一方的に色々と言ってごめん。でも、沙綾の姿が見えなくなって本当に心配した。外国でもしも何かあったらと思うと、気が動転して、メールするとかそういうことすら浮かばなくて。いや、スマホは立ち上げたんだけど、そういえば番号も何も知らないって気が付いて」
それから彼は説明してくれた。
昨日わたしに声を掛けてきた人たちは、署名詐欺と呼ばれる人なのだと。観光地に出没をして、物慣れない外国人に声を掛け、一人が気を引いている隙に相方がターゲットから財布などの貴重品を擦るのだそう。
ガイドブックにも注意喚起が書いてあったはず。まさか、自分が標的にされるだなんて思いもよらなくて、わたしは今更ながら愕然とした。
「……わたしのほうこそ、ごめんなさい。ちょっと、ううん、だいぶ前方不注意だった」
今までとは違って、駿人さんの声に反省の色が乗っていたから、わたしも自分の非を彼の前できちんと認めることができた。
「……LINE交換する?」
ぼそぼそと付け足したのは、わたしも昨日心細い思いをしたから。
「今更だな」
スマホを取り出すと、彼が口元を緩めた。わたしもおかしくなってしまう。
IDを交換して、駿人さんが友達に追加される。ついでに番号も交換した。
でも、まだ会話を続けるにはぎこちなくて。わたしは駿人さんの出方を窺う。
「これからはちゃんと隣を見て歩くし、多少の自由行動も互いに必要だよな」
「どうしたの? 急に」
わたしは目をぱちくりと瞬いた。
あれほど頑固だったのに、態度が軟化するにもほどがある。まあ、わたしにしてみれば嬉しい提案ではあるのだけれど。
「俺の中で沙綾はずっとあの頃の、それこそ迷子の子どものままだったのかもしれない」
「ふ、複雑……」
思わず本音が口から出てしまう。
さすがにそれはないんじゃないの。あれから一体何年経っていると思っているの。
「でも、もう沙綾も大人なんだよなって、昨日分かった。俺の結婚相手でもあるわけだし」
「よく同じ口でいけしゃあしゃあと言えますね」
子供としてしか見れなかったんじゃないの。
「まさかロリ……」
「じゃないから」
わたしが口にした懸念事項を、彼が瞬殺した。その返しに、わたしは内心ホッとして、それからふるふると頭を振る。
「ま、沙綾ももう二十五歳こえたアラサーなわけだしサヤちゃんって年でもないしね」
「し、失礼な! わたしはまだ二十五歳だもん」
「四捨五入したら立派な三十だから。ようこそ、三十歳」
それはもういい笑顔で言われてしまい、わたしの口元がぴくぴくと引き攣った。
絶対に、この間の会話を根に持っている!
結局このあと、不毛な舌戦が繰り広げられた。でも、それがちょっと楽しいと思ってしまったのは、彼には絶対に内緒なのだった。
その小さな女の子が今あなたの隣にいますけれど。
「大人たちの手前、放っておくのもアレだから、適当に散歩させるかって思って、別荘の周りを歩いたんだよね」
そうしたら、と彼は続ける。わたしも覚えている。迷子になって、心細くてべそをかいていたら、駿人さんが見つけてくれて、わたしは慌てて彼のTシャツの裾を掴んだ。
「あのときと今の俺は一緒だな。あのとき、沙綾は俺に謝ったんだよ。きれいな花を見つけてついそっち行ってしまったって。俺は、沙綾のしたいことをくみ取れていなかった。ただ散歩をさせておけば満足するだろうって。今もあんまり変わっていなくて愕然とした。有名な観光地を一緒に巡っていればそれでいいだろうって」
駿人さんは懺悔のように言葉を続けた。
「悪かった。俺はもっと沙綾のしたいことや行きたいところに気を掛けるべきだった」
駿人さんの声が小さくなった。
「……俺の方こそ、一方的に色々と言ってごめん。でも、沙綾の姿が見えなくなって本当に心配した。外国でもしも何かあったらと思うと、気が動転して、メールするとかそういうことすら浮かばなくて。いや、スマホは立ち上げたんだけど、そういえば番号も何も知らないって気が付いて」
それから彼は説明してくれた。
昨日わたしに声を掛けてきた人たちは、署名詐欺と呼ばれる人なのだと。観光地に出没をして、物慣れない外国人に声を掛け、一人が気を引いている隙に相方がターゲットから財布などの貴重品を擦るのだそう。
ガイドブックにも注意喚起が書いてあったはず。まさか、自分が標的にされるだなんて思いもよらなくて、わたしは今更ながら愕然とした。
「……わたしのほうこそ、ごめんなさい。ちょっと、ううん、だいぶ前方不注意だった」
今までとは違って、駿人さんの声に反省の色が乗っていたから、わたしも自分の非を彼の前できちんと認めることができた。
「……LINE交換する?」
ぼそぼそと付け足したのは、わたしも昨日心細い思いをしたから。
「今更だな」
スマホを取り出すと、彼が口元を緩めた。わたしもおかしくなってしまう。
IDを交換して、駿人さんが友達に追加される。ついでに番号も交換した。
でも、まだ会話を続けるにはぎこちなくて。わたしは駿人さんの出方を窺う。
「これからはちゃんと隣を見て歩くし、多少の自由行動も互いに必要だよな」
「どうしたの? 急に」
わたしは目をぱちくりと瞬いた。
あれほど頑固だったのに、態度が軟化するにもほどがある。まあ、わたしにしてみれば嬉しい提案ではあるのだけれど。
「俺の中で沙綾はずっとあの頃の、それこそ迷子の子どものままだったのかもしれない」
「ふ、複雑……」
思わず本音が口から出てしまう。
さすがにそれはないんじゃないの。あれから一体何年経っていると思っているの。
「でも、もう沙綾も大人なんだよなって、昨日分かった。俺の結婚相手でもあるわけだし」
「よく同じ口でいけしゃあしゃあと言えますね」
子供としてしか見れなかったんじゃないの。
「まさかロリ……」
「じゃないから」
わたしが口にした懸念事項を、彼が瞬殺した。その返しに、わたしは内心ホッとして、それからふるふると頭を振る。
「ま、沙綾ももう二十五歳こえたアラサーなわけだしサヤちゃんって年でもないしね」
「し、失礼な! わたしはまだ二十五歳だもん」
「四捨五入したら立派な三十だから。ようこそ、三十歳」
それはもういい笑顔で言われてしまい、わたしの口元がぴくぴくと引き攣った。
絶対に、この間の会話を根に持っている!
結局このあと、不毛な舌戦が繰り広げられた。でも、それがちょっと楽しいと思ってしまったのは、彼には絶対に内緒なのだった。