そういえば、仕事が忙しくて人に振舞えるような料理にまったく心当たりがない。
 唐揚げって、どうやって作るんだっけ? 唐揚げの素とか使ってもいいのなら、わたしだって作れるはず。

 いや、ドイツにそんな便利なもの売っているの? 味噌だって出汁入りは売って……いないよね? ということは昆布やら煮干しからだしを取らないとダメなの?

 え、わたしにはハードルが……。
 駿人さんが得意そうな顔を作った意味が分かった。

「まあ、料理は作れてもさ、食べるの俺一人だし。なんか、ちょっと虚しくなるんだよな。シーンとしたダイニングで一人でとんかつ食っても味気ないっていうか」

 駿人さんの声に少しだけ乾いた色が混じった。

「それは分かります。それで余計にごはんが適当になるんですよね」
 うっかり共感してしまう。

「だからこの旅行中は同じ飯を二人で食べよう」
「今の話でよく無理矢理それにまとめますね」
「要約すると、一人で食べる食事は虚しいってことだろう?」

 そういうことなの?
 なにか、丸め込まれたような気がしなくもない。
 わたしは頷く代わりにグラスのビールをごくごくと飲みほした。

 * * *

『駿人お兄ちゃんだっけ。なにその面白い展開。少女漫画みたい。二人ともいい大人だから再会した途端に燃え上がっちゃって……的なことには……その声の調子だとならなかったんだね』

 通話アプリ越しに聞こえてきた声は好奇心に彩られている。

「燃え上がるわけないでしょう! そんな要素、どこにもないよね?」

 ローデンブルクから移動して、次の町ネルトリンゲンでの夜のこと。その昔隕石が落ちたことによって生まれた盆地に築かれたという町で、ここもロマンティック街道バスのルートに組み込まれている。

 夕食を済ませてホテルの各自の部屋に戻ったわたしは、友人である上条凛々衣(りりい)に電話した。小学校からの友人でもあるリリーはわたしと駿人さんの暫定許嫁の件も知っている。

『だって、久しぶりに駿人お兄ちゃんとのお出かけじゃん。あ、旅行か』
「この年になって駿人お兄ちゃんもないわ。だいたい、あの人わたしのこと未だに子ども扱いしてくるし」

 わたしは事情を知るリリー相手に愚痴をこぼす。

「昨日のローデンブルクだって主導権かんっぜんに駿人さんがにぎっちゃうし。ちょっとドイツ語が出来るからって、レストランとか決めちゃうし。そのあとだって、人の後ろずっと付いてくるし。そのくせ女は買い物に時間かけすぎとか言うし。だったらついてくんなって話じゃん。クリスマスの専門店行ったらテンション上がるでしょ。ゆっくり見て回るでしょ。ぐるぐると町中まわって写真撮るのフツーでしょ。それをあいつはグチグチぐちぐち……」

『どうどう、サーヤ落ち着いて』

 人のことを一体いくつだと思っているのか。小さい町だし、そもそも一人旅行の予定だったのに、彼はずぅっとわたしと一緒に行動をしたがった。

 もしかして一人行動出来ない人なのだろうか、と尋ねると「いや。引率しているんだから俺がしっかりとサヤちゃんの行動に責任持たないと」などと言う始末。

 あなたは今日しか何か、かと叫びたい衝動に駆られた。実際ちくりと嫌味は言ったけれど。

「駿人さんてお父さん以上に人に干渉してきますね」って。
『まあいいじゃん。一人旅も楽しいけど二人旅も何かと便利だよ。ごはんとかシェアできるし』

 わたしはこんなにもムカッとしているのに、リリーはからりとした声を出してくる。

「そんなの別にいいもん。一人でもビールくらい頼めるし飲めるし」

『一人だとあんまりメニューも頼めないしね。ディナーになるとさ、ちょっといいレストランに一人で入るのって敷居が高かったりするんだよ。ほら、こっちって基本おひとり様文化がないじゃん。旅行者だし、とか割り切っていてもちょっと寂しいんだよね~』

 リリーが言うとなんとなく説得力がある。リリーはわたしとは違い正真正銘のお嬢様。実家が会社経営していて、おじいちゃん激推しでもあるおばあちゃんの母校、聖蘭女子学院で小学校から高校まで一緒だった。

 そんな彼女はエスカレーター式での大学進学を蹴って美大に進んだ。卒業後、イギリスで美大に入りなおすと宣言をしてあっさりと渡英、現在もイギリス暮らしの真っ最中。

 今回の旅の最後の目的はリリーを訪ねることだったりする。
 リリーも駿人さんとは面識がある。やはり祖父世代が繋がっていて、何かの集まりで顔を合わせたことがあったから。

 わたしとリリーの最初の出会いも似たようなものだった。初冬部では結局一度も同じクラスにならなかった。同じクラスになったのは高等部に進学して、やっとだったくらいだ。