目の前でA4用紙の紙がビリビリと破られた。

「ちょ、なっ……! 何するんですか!」

 わたしは驚愕に目を見開いて、真っ二つに破られた紙と、そして目の前に座る男を凝視する。
 彼が今破ったのは、わたしがワードを駆使して作った一枚の書類。許嫁解消同意書と書かれたそれを、彼は一読するなり無言で破りさった。

「結婚願望があるなら、俺でいいかと思って」

 目の前の男はにこりと笑った。
 余裕そうな、年上感満載な微笑みがムカつく。わたしは頬を引くつかせた。

「人並みの結婚願望はありますが、そもそも前提が間違ってます。わたしたち、付き合ってませんよね?」

 わたしの低い声が店内に這う。

 寿司カウンターを併設して、レジのちかくには招き猫。和風レストランでわたしはつい今しがたまできつねうどんを食べていた。
 隣に座る男女は寿司と白ワインが並んだテーブルに向かい合わせで座って、ドイツ語で談笑している。

 そう、ここは日本ではない。ドイツなのだ。成田から直行便で十二時間半ほどかけて到着した、ドイツの都市、フランクフルト。

 異国の地で、わたしは幼なじみの男を睨みつけている。

「でも、俺たち婚約者だよね」

「お互いの祖父母世代が盛り上がって口約束しただけの関係じゃないですか! わたしたちに恋愛感情なんてありませんっ」

「あのね、サヤちゃん。結婚と恋愛は別だよ。そういうこと言ってると行き遅れるよ」

「とにかく、あなたと婚約解消するためにドイツまでやって来たんだから、さっさと同意しなさいよぉぉ!」

 わたしは、ダンっとテーブルを叩いた。