ぼくは誰もいない公園に来ている。
 あの事故があってから、仲の良い友達にも会いたくなくて、みんなと遊んでいたこの公園にも来なくなっていた。
 誰かと一緒にいたり、話しをしていたりすると、思い出したくない、あの事故の場面が頭に浮かんでしまう。だから、ぼくは誰とも会いたくなくて、遊ぶときにも、家にいるときにもできるだけ一人でいるようにしていた。
「コウタがそうしたいなら、しばらくはそれでいいと思うよ」
 お母さんはちょっと悲しそうな顔をしていたけれど、優しくそう言って担任の先生にも話してくれて、学校もぼくが行きたくなるまで休んでもいいことになった。
 お母さんを心配させないためにも、早く学校に行かなきゃいけないと思うし、このちっちゃいけれど楽しい公園で、前みたいにみんなと遊びたい気持ちも持っている。でも、なぜか前みたいに、学校に行ったり公園で遊んだりしているところを想像してみても、楽しい気持ちにはならなかった。
 
 日が暮れた公園は、みんな家に帰った後で誰もいない。
 ぼくはその光景を見て安心した。
 ずっと一人で自分の部屋にいるのが息苦しくなって、久しぶりに公園に来たいと思ったけれど、やっぱり誰にも会いたくはなかったからだ。
 街灯だけが照らす薄暗い公園はとても静かで、まるで街中の人がいなくなり、自分一人になってしまったようだ。
 無人のブランコやジャングルジムは昼間の穏やかな顔とは違い、少し気味が悪くて怖い表情をしているように見えた。
 ぼくは公園に一つしかないベンチに座ってぼんやりと光りだした月を見ていた。
 そうしていると、とても心地が良くて、あの事故以来、疲れていた心が少し治っていくように感じた。
 でも、そんな心地良い時間は長く続かなかった。誰かがこちらに近づいてくる気配を感じたからだ。ブランコのほうからゆっくりと歩いてくる人影は、ぼくと同じ小学校高学年くらいの男の子に見える。
 ぼくは学校の友達かと思い、あちらが気がつく前に急いで帰ろうとした。でも、人影は真っ直ぐにぼくの方に向かってくる。
「こんばんは」
 近づいてくる男の子が言った。
 学校でもこの公園でも会った覚えがない子だった。
 ぼくがどう答えれば良いのか迷っていると、その男の子はぼくの隣りに座って、さらに話しかけてきた。
「僕はショウタっていうんだ。コウタくんだよね?」
「なんでぼくの名前を知ってるの?」
「ずっと前から見ていたからだよ」
 ショウタと名乗った男の子は、緊張しているぼくを落ち着かせるように、優しく笑いながらそう言った。
「どこかで会ってる?」
「うーん、そうとも言えるし違うとも言えるかな。でも、そんなことは大事なことじゃない。僕たち友達になろうよ」
 急に何を言っているんだろう、と思って彼の顔を近くでよく見たとき、ぼくは少し驚いた。彼の左目の色が他の人とは違う色をしていたからだ。濃い緑色なのか、青色なのか、その中間のような今まで見たことがない色をしている。
 そして、その目を見ていると、ぼくはとても落ち着いて少し楽しい気持ちになった。でも、そんな気持ちを知られるのはなんとなく恥ずかしくて、ぼくは彼から目をそらしながら言った。
「ぼく、今友達はいらないから」
 本当は突然現れて、一方的にぼくを知っていて、変わった目の色をしているショウタくんにとても興味があった。でも、誰かといると、また、事故のことを思い出してしまいそうな怖さが、まだ、ぼくの心のなかを占めていた。
「コウタくん、今朝怖い夢を見たよね」
 ショウタくんはぼくの言葉が聞こえなかったように、そう言った。ぼくは驚いて「えっ」と声に出して彼の顔を見た。
 事故にあった日から、ときどきぼくは怖い夢を見るようになっていて、今朝も確かに夢を見ていたからだ。その夢はいつもストーリーも何もなくて、ただ怖くてモヤモヤとしたものが、ぼくの身体の中に入ってきて暴れ回るような夢だった。本当に怖くって今朝も泣きながら目が覚めた。
「辛いよね、怖い夢って。でもね、必ず怖い夢は見ないようになるから大丈夫だよ。嫌なこととか、悲しいこととか、マイナスの感情は時間が経てば消えていくんだ。でも、楽しいこととか、大好きなこととか、プラスの感情は時間が経っても絶対に消えない。だから、もう少しすれば、また元通りになるんだ。心配しないで」
 ショウタくんの言葉は、すごく頼もしくて、勇気をくれて、ぼくの心を塞いでいる黒いコンクリートの塊みたいなものが少し剥がれ落ちたような気がした。
「明日は怖い夢を見ないと思うよ。また会おうね」
 ショウタくんはそう言うと、消えるようにいなくなっていた。