試験期間中の授業は、ほとんどが試験対策だ。一年生の一学期の試験であるため覚えることは少ないが、最初だからこそ気が抜けない。
 放課後、壮介は部活の先輩や同級生たちと勉強会をしてくると言って美術室に行った。雷閃は図書室で勉強のための教材を広げた。壮介が部活で良い関係を築けているようでよかった、と雷閃は思った。
 壮介は雷閃にとって、憧れであり、楽しみを共有できる相手であり、たまに嫉妬もしてしまう、大事な友人だ。まだ壮介には雷閃が触れていない面も多いから今後衝突する可能性を否定はできない。だとしても、壮介が幸福であることは雷閃の幸福でもある。
 でも、と。雷閃はノートをまとめる手を止めた。
 柳先生の言葉を思い出す。「誰でもないような誰かではない、特定の誰か」の正体を、雷閃はずっと探していた。雷閃は壮介が笑っていれば自分も楽しくなるし、壮介が落ち込んでいると楽しくなくなる。
 同じようにして、雷閃は永海が不幸なとき、自分も幸福から遠のく。逆に永海が楽しそうに笑っているとき、雷閃は幸福な状態にある。不快なにおいも、騒音も、雷閃の幸福を妨げる要因にはならない。
 逆に、すれ違う他人が笑っていたって雷閃は喜びを感じないどころか、笑い声に嫌悪を感じる場合もある。誰でもないような誰かは、雷閃に幸福をもたらさない。
 ノートを閉じると、雷閃は本棚の前に立った。人間の生き方、ひとの在り方。そういう本がたくさんある。それらは雷閃のために書かれた本ではないから鵜呑みにはできないが、きっと雷閃の努力の手助けとなる。
 勉強は帰ってからでも十分だ。試験範囲の狭さに感謝して、雷閃は本を開いた。知識は知恵を生み出す。何もしないでいては永海を救えない。