──その頃

 アイリス伯の領地では、アイリス伯が昼間から広間で酒を飲んでいた。広間の椅子やテーブル、絵画や燭台(しょくだい)といった家具や装飾品は彼によって滅茶苦茶に破壊されていた。

「くそ……シアン、いったいどうして……。」

 頭を抱え込んでアイリス伯は酩酊(めいてい)していた。

「……あなた」

 アイリス伯の妻・ラピスが夫をいたわって、背中に手を乗せた。

「きっとあの子は戻ってきますよ……。」
「なぜ、なぜあいつは……。」
「きっと、あの子にも考えがあるのでしょう」
「……考えだと?」

 アイリス伯は立ち上がった。

「え、ええ、そうです。あの子だってもう12歳ですよ? 自分なりの考えというものが……。」
「……考え? 検定試験の直前で逃げ出すのに……いったい何の考えがあるというのだっ?」
「あ、あの子にも言い分があったはずです。それを、今まで無視ししてきたから……。」
「……なるほど。お前が、お前があいつに余計なことを吹き込んだのか。おかしいと思った!」
「な、何をおっしゃいますか。あなたがシアンの気持ちを()もうとしないから……。」
「黙れ!」

 アイリス伯はラピスの顔を殴りつけた。

「きゃあ!」

 ラピスは床に倒れ、小さなうめき声を上げる。

「私はシアンの為だけに生きてきた! このクソみたいな辺境の地で、あいつを最高の魔術師に育て上げるためにあらゆる手を尽くしたんだ! あいつのために私がどれだけのものを犠牲にしたと!?」

 アイリス伯はうずくまっているラピスの腹を蹴り上げた。

「ああっ!?」
「何がアイツの考えだ! 私が、私こそが誰よりもあいつの事を考えているんだ! あいつ自身よりもっ!」

 アイリス伯はラピスの髪をつかんで顔を持ち上げた。

「教育係として結婚してやった後妻(ごさい)が口答えしおって! 貧乏貴族の妾腹(めかけばら)の分際で!」
「あ、あ……。」
「おやめください旦那様!」

 そこへ、見かねた執事が駆け込んでアイリス伯を止めに入った。

「お、奥方様も、奥方様なりにシアン様の事を案じておるのです!」
「何が奥方だ、こいつはもうただの年増女だ!」
「……え? ど、どういうことで……。」
離縁(りえん)だ! 今すぐ荷物をまとめて私の城から出ていけ!」
 アイリス伯はラピスに杯を投げつけて言った。

 ラピスはよろめきながら立ち上がると、涙を流しながら広間から出ていった。

「……旦那様、いったいこれで何人目でございますか」
「ふん!」

 アイリス伯はテーブルの上の酒瓶をぶん取って酒をラッパ飲みする。

「あいつもいい年だ、母親などもういらん! おい、ゼニス!」
「は、はい、何でございましょうか?」
「例のモノを持って来い!」
「かしこまりました!」
「まったく……あの反応以来、全く音沙汰(おとさた)がないとは。やはりシーカーなんぞの食いつめどもでは務まらんか……。」

 執事は深々と頭を下げると、広間から出ていった。

──