「……ところで」と、寄り合い所から出るなりバン爺は(たず)ねた。
「なに?」
 そう言いながら、マゼンタは屋台でリンゴを購入する。
「目星はついとるのかね?」
「ぜんぜん」
「……じゃろうな」
 マゼンタは買ったリンゴをさっそく食べていた。
「むしゃ……じいさんは?」
「……お前さんは、その子の事をどれだけ知っとる?」
「なんかぁ、すっごい才能のある魔術師って話が広まってるよ? そりゃ、12歳で王宮の試験の最終まで行っちゃうんだから」
「……それだけの力を持った魔術師が、どうして親元からいなくなったんじゃろうな?」
「……どういうこと?」
「自分からいなくなったのか、それともさらわれたのか……。」
「そこんとこの情報はまだ来てないね」
「さらわれたという線はなさそうじゃな……。」
「どうしてさ?」
「失踪したのは城下町じゃ。ダンデリオン(はく)の監視下にある町じゃぞ。それだけの力を持った魔術師を、何の騒ぎも起さずにさらうなんてことが、できるわけはなかろう」
 マゼンタはリンゴをごくりと飲み込んだ。
「恐らく、逃げ出したんじゃろうな。じゃが、魔術師といっても所詮(しょせん)は子供じゃ。そう遠くには行っとらんじゃろう。……なんじゃ?」
「さっすがぁ!」
 マゼンタはバン爺の背中をばしばし叩く。
「あたしが見込んだ相棒だけはあるよぉ!」
「ちょ、やめんか、じじいの体をもっと労われ」
「じいさん、リンゴいる?」
 マゼンタは食べかけのリンゴを差し出した。
「こっちの、あたしがまだかじってないほうかじって良いよ?」
「……いらんわ。だいたい、まだ目星はついとらんぞ。ダンデリオン領の近くいるっちゅうだけで」
「多分だけど、逃げ出したんなら、アイリス伯の領地から逆の方向だろうね」
「どうしてそう思うんじゃ?」
「家出少年の当然の心理」
「だとすると、ダンデリオンを挟んでアイリス領の反対というと……。」
「……このガーベル領じゃん!」
「まぁ、そうなるが……。」
「やったぁ、超ついてるぅ!」
「そんなに都合よくいくかね……。」
「さっそく探すよっ」
「ま、地道に行くしかないがの……。」

 さっそく、マゼンタたちは周辺に聞き込みを始めた。しかし、情報はまったくと言っていいほど得られなかった。早々にバン爺は切り株に腰かけて休み始めた。

「ちょっとぉ、バン爺もっとやる気だしなよぉ」
 バン爺は空を見上げていた。
「なに? お迎えが来たの?」
「……鳥がずいぶん飛んどるな」
「……え?」
 マゼンタも空を見上げた。
「……みたいだね?」
「しかも、種類もばらばらじゃ。きっと、魔術師の誰かが使いの鳥を飛ばしとる。空から探した方が圧倒的に効率が良いからの」
「ちょっと、じゃああたしらもそうしようよっ。じいさん魔術師なんでしょ?」
「お前さん、何も知らんのじゃな。魔術師には向き不向きっちゅうもんがあるんじゃ。そもそも、ワシはああいう術を学んどらん」
「シーカーなのに、そんな便利な術を覚えなかったの?」
「ワシゃもともとシーカーじゃないんでな。……まぁその話はええじゃろ。ないもんをねだっても仕方ない。できることをやれば良いんじゃよ」
「この場合にできることって?」
「鳥を操っとる奴らが子供を見つけ出すのを待つんじゃ」
「待ってどうすんのさ? 他の奴らの手柄になっちゃうじゃん?」
「お前さんはまずワシの話が終わるのを待て。ええか? 鳥が子供を見つける、その鳥を操っとる奴らが子供を捕まえに行く。だが、試験の最終審査まで行く子供じゃ、そう簡単には捕まらん。そうやって、奴らが手をこまねいとるところを横からかすめ取るんじゃよ」
「……けっこうえげつないことを考えるんだね」
「ほっ、お前さん、良い子ちゃんでこの界隈(かいわい)生き抜くつもりだったんかね?」
「そ、そうじゃないけどさ」
「待てば海路の日和(ひより)ありってことじゃ。しばらくのんびりするとしよう」
「まぁ、爺さんがそう言うなら……。」

 待つと言った通り、バン爺は日陰で休み続けたが、マゼンタは落ち着かないらしく、独自に聞き込みをしては、事あるごとに空を見上げていた。
 そうして日が暮れるころ、遠くの森の様子が騒がしくなってきた。マゼンタとバン爺は顔を見合わせる。

「いくかの……。」
 バン爺は重い腰を上げた。