──それから3日後
マゼンタが目を覚ますと、見慣れない天井があった。
──ここ、どこ?
ベッドから上半身を起こすと、白いシーツがはらりとはだけた。彼女は裸だった。
隣を見ると、同じく裸の男が寝ていた。状況を理解し、マゼンタは頭を抱える。
──やってもうたぁ……。
酒の勢いとはいえ、行きずりの男と寝てしまっていた。しかも昨夜はそこそこイケメンだと思っていたその男は、朝日に照らされた今、まったく魅力的に見えなかった。
マゼンタは自己嫌悪を感じながらベッドから起き上がると、早々に服を着た。
「何だよ、もう出るのか? もう少しいいだろ?」
目を覚ました男がマゼンタの手首を引っ張った。マゼンタはベッドに腰をかけなおす。女は酒の魔法が解けていたが、男はまだ夢の中にいた。男はマゼンタのショートカットの赤髪を手ぐしでなでると、体に手を回してベッドに押し倒した。
「鶏ガラみたいな体と思ったけど、良い抱き心地だったぜ。お前、着痩せするんだな」
男はマゼンタの上着の裾から手を滑り込ませる。
「わぁ嬉しい」
マゼンタは棒読みで答えた。短めの髪の上に、地味な若草色のシャツにレザーのベストを羽織り、パンツスタイルのマゼンタは、シャープな体つきも手伝って一見すると少年のようにも見える。
マゼンタは男の手を振りほどき、ベッドから起き上がった。
「雨やんでる」
「え?」
「屋根貸してくれてありがとう。じゃあね」
別れの愛想笑いを男に捧げてマゼンタは部屋から出ていった。ドアの向こうから男が何かを言っていたが、彼女は一向に気に留めることはなかった。
外に出ると日は真上まで上っていた。マゼンタは雑貨屋や酒場、食堂が兼ねられているシーカーのギルドに足を運んだ。朝食兼、昼食兼、情報収集のためだった。
マゼンタが残飯のようなお粥を食べていると、掲示板の前がやたら騒がしいことに気づいた。何か割の良い仕事が入ってきているのかもしれない。
「おい、聞いたかよ、とんでもねぇおいしい仕事じゃねぇか」
「ああ、失踪した子供探すだけで5万バリィだってよっ」
マゼンタは彼らの方を振り向いた。次に室内にある掲示板に目をやると、食事を早々に終え、人が群がっている掲示板の前に行った。
確かに、彼らの言うように掲示板には少年を探し出すだけで5万バリィの報奨金が出るという依頼書が貼られていた。他にも貼られている、羊飼いからのダイアウルフの退治や、鍛冶屋からのダイムライト採掘の手伝い等の依頼書には誰も目もくれなかった。
「すっげぇ……。」
マゼンタは思わず口に出していた。5万バリィといえば、この国では3年は遊んで暮らせる金額だった。ギルドの寄り合い所の中では、シーカーたちが知り合いとパーティーを組み始めていた。こんなうまい仕事を逃してはならない、マゼンタもさっそく多少顔を見知った男たちに声をかけ始める。
「ねぇ、あんたたち、あたしと組まない?」
「はぁ、冗談じゃねぇよ、5万バリィの大仕事だぜ? オメェみてぇなガキと組んでられっかよ。だいたい、パーティーの頭数増やしちまったら、取り分が減るだろう」
男たちはマゼンタを邪険に扱う。
「そうだぜ。それによぉ、マゼンタ、オメェ自分の事をシーフとか言ってるけど、単なるこそ泥だろうが。役に立ちゃしねぇよ」
ガラクタの兜をかぶった男がマゼンタの肩に手を回す。
「まぁ、俺らが大金をせしめた時には、オメェを買ってやるからよ。それまで待ってな。また楽しもうぜ」
兜の男はマゼンタのベストの上から胸をもんだ。
「娼婦じゃねぇし」
マゼンタはその手をつねった。兜の男はその手をさすりながら笑う。
「そっちの方が向いてんじゃねぇか?」
そうして男たちは笑いながら去って行った。
マゼンタは席に戻ると、ふてくされてテーブルの上にドカンと足を投げ出し、そして足を組んだ。マゼンタは顔だけならば勝気な釣り目で戦士のような趣もあるが、まだ18歳と若く実績もなかった。しかし……。
「腕には自信があるんだけどなぁ……。」
マゼンタは懐から財布を取り出した。先ほど、彼女の胸に手を入れてきた男の財布だった。マゼンタは財布の中身を確認する。
「……しけてんの」
「ほっほっほっ、ご機嫌斜めじゃのう」
マゼンタの向かい側にひとりの老人が腰かけた。
「……バン爺」
やせこけた、茶色い肌のシーカーの老人だった。魔術師用の深緑のローブを着ているその老人は、名前がややこしいので周囲からは本名をもじって“バン爺”と呼ばれていた。シーカーではあるが、ギルドの仕事をしている様子はほとんどなく、周囲からは物乞いの類なのだろうと陰で囁かれていた。
「何、バン爺もあぶれたの?」
「こんなじじいと組みたがる奴なんておらんさ」
バン爺は禿げ上がった頭をぺちぺちと叩いた。彼の毛髪は側頭部に何とか残っている程度だった。
「バン爺さ、昔は魔術師だったんだろ?」
「遠い昔な」
バン爺の手首には7級魔術師を証明する白い腕輪があった。しかし、腕輪は7年ごとに更新しなければならない。年季の入ったその腕輪は、既に期限が切れていることを意味していた。
「……ふーん」
何かを考えながらマゼンタはバン爺を見る。
「……なんじゃい? じじいに色目使っとるんか?」
「じょうだん言わないでよ、じいさんこそ、あたしに変な気ぃ起こさないでよ」
「あと100歳若かったらそんな気も起りそうだがね」
「100歳? バン爺、いま幾つさ?」
「70じゃ」
「一周してんじゃん」
「生まれ変わったら趣味も変わると思うてな」
「……じじい」
「ほほ、気を悪くするな、寂しいじじいじゃ、若いもんと話がしたいだけじゃて」
「……たく」
マゼンタは足をテーブルから下ろして、改めてバン爺に向き合った。
「じいさんさ」
「何だね?」
「あたしとパーティー組もうよ」
「何じゃい、藪から棒に」
「他の奴らはあたしと組んじゃくれないんだよ、美少女だからってバカにしてさ」
「自信過剰だしのう」
「うるさいなぁ。それでさ、あたしと例の子供を探そうよ。ひとりだと心許ないし、じいさんでもいないよりはましだからさ」
「じじいと小娘でようやく一人前ということか」
「好きなように取りなよ。どう? ふたりで大金を山分けすんの」
「老い先短いというのに、大金を手にしてもどうしようもないがな……。」
「棺桶を豪華にすればいいじゃん」
「墓穴も深く掘ってもらおうかの」
「そうそう、温泉が湧くくらいに深く掘ってやろう」
上機嫌にマゼンタは言う。
「……お前さん、人を口説くのが下手過ぎやせんか?」
「え?」
「だいたい妙な話じゃ。子供ひとり探すのに大げさじゃなかろうか?」
「そう? だって伯爵さまの子供だよ? 跡取り息子だったら当然さ」
「伯爵の?」
「何だい爺さん、こんだけの騒ぎになってるのに知らないの? アイリス伯のひとり息子なんだよ。しかも例の試験中の。そりゃ躍起にもなるさ。……どうしたの?」
アイリス伯の名前を聞いた途端、バン爺の顔が険しくなっていた。
「……あ、いや、何でもないわい」
「ねぇ、どうよバン爺? そりゃ大金はいらないかもしれないけど、金があるに越したことはないでしょ?」
「……分かった」
「え?」
「お前さんと一緒にその子を探すっちゅうことじゃ」
「やったぁ、パーティー成立ぅ。あれ、意外とあたしって人望あるかも?」
マゼンタは寄り合い所の中を見渡し、目についた男に声をかける。
「ねぇ、おにいさん、あたしらとパーティー組まない?」
男はマゼンタとバン爺を見ると鼻で笑った。
「冗談言うな、ガキとじじいのパーティーに誰が入るかよ。お守りなんぞゴメンだ」
「……ちぇ」
マゼンタは下唇を出した。子供っぽ仕草だった。
マゼンタが目を覚ますと、見慣れない天井があった。
──ここ、どこ?
ベッドから上半身を起こすと、白いシーツがはらりとはだけた。彼女は裸だった。
隣を見ると、同じく裸の男が寝ていた。状況を理解し、マゼンタは頭を抱える。
──やってもうたぁ……。
酒の勢いとはいえ、行きずりの男と寝てしまっていた。しかも昨夜はそこそこイケメンだと思っていたその男は、朝日に照らされた今、まったく魅力的に見えなかった。
マゼンタは自己嫌悪を感じながらベッドから起き上がると、早々に服を着た。
「何だよ、もう出るのか? もう少しいいだろ?」
目を覚ました男がマゼンタの手首を引っ張った。マゼンタはベッドに腰をかけなおす。女は酒の魔法が解けていたが、男はまだ夢の中にいた。男はマゼンタのショートカットの赤髪を手ぐしでなでると、体に手を回してベッドに押し倒した。
「鶏ガラみたいな体と思ったけど、良い抱き心地だったぜ。お前、着痩せするんだな」
男はマゼンタの上着の裾から手を滑り込ませる。
「わぁ嬉しい」
マゼンタは棒読みで答えた。短めの髪の上に、地味な若草色のシャツにレザーのベストを羽織り、パンツスタイルのマゼンタは、シャープな体つきも手伝って一見すると少年のようにも見える。
マゼンタは男の手を振りほどき、ベッドから起き上がった。
「雨やんでる」
「え?」
「屋根貸してくれてありがとう。じゃあね」
別れの愛想笑いを男に捧げてマゼンタは部屋から出ていった。ドアの向こうから男が何かを言っていたが、彼女は一向に気に留めることはなかった。
外に出ると日は真上まで上っていた。マゼンタは雑貨屋や酒場、食堂が兼ねられているシーカーのギルドに足を運んだ。朝食兼、昼食兼、情報収集のためだった。
マゼンタが残飯のようなお粥を食べていると、掲示板の前がやたら騒がしいことに気づいた。何か割の良い仕事が入ってきているのかもしれない。
「おい、聞いたかよ、とんでもねぇおいしい仕事じゃねぇか」
「ああ、失踪した子供探すだけで5万バリィだってよっ」
マゼンタは彼らの方を振り向いた。次に室内にある掲示板に目をやると、食事を早々に終え、人が群がっている掲示板の前に行った。
確かに、彼らの言うように掲示板には少年を探し出すだけで5万バリィの報奨金が出るという依頼書が貼られていた。他にも貼られている、羊飼いからのダイアウルフの退治や、鍛冶屋からのダイムライト採掘の手伝い等の依頼書には誰も目もくれなかった。
「すっげぇ……。」
マゼンタは思わず口に出していた。5万バリィといえば、この国では3年は遊んで暮らせる金額だった。ギルドの寄り合い所の中では、シーカーたちが知り合いとパーティーを組み始めていた。こんなうまい仕事を逃してはならない、マゼンタもさっそく多少顔を見知った男たちに声をかけ始める。
「ねぇ、あんたたち、あたしと組まない?」
「はぁ、冗談じゃねぇよ、5万バリィの大仕事だぜ? オメェみてぇなガキと組んでられっかよ。だいたい、パーティーの頭数増やしちまったら、取り分が減るだろう」
男たちはマゼンタを邪険に扱う。
「そうだぜ。それによぉ、マゼンタ、オメェ自分の事をシーフとか言ってるけど、単なるこそ泥だろうが。役に立ちゃしねぇよ」
ガラクタの兜をかぶった男がマゼンタの肩に手を回す。
「まぁ、俺らが大金をせしめた時には、オメェを買ってやるからよ。それまで待ってな。また楽しもうぜ」
兜の男はマゼンタのベストの上から胸をもんだ。
「娼婦じゃねぇし」
マゼンタはその手をつねった。兜の男はその手をさすりながら笑う。
「そっちの方が向いてんじゃねぇか?」
そうして男たちは笑いながら去って行った。
マゼンタは席に戻ると、ふてくされてテーブルの上にドカンと足を投げ出し、そして足を組んだ。マゼンタは顔だけならば勝気な釣り目で戦士のような趣もあるが、まだ18歳と若く実績もなかった。しかし……。
「腕には自信があるんだけどなぁ……。」
マゼンタは懐から財布を取り出した。先ほど、彼女の胸に手を入れてきた男の財布だった。マゼンタは財布の中身を確認する。
「……しけてんの」
「ほっほっほっ、ご機嫌斜めじゃのう」
マゼンタの向かい側にひとりの老人が腰かけた。
「……バン爺」
やせこけた、茶色い肌のシーカーの老人だった。魔術師用の深緑のローブを着ているその老人は、名前がややこしいので周囲からは本名をもじって“バン爺”と呼ばれていた。シーカーではあるが、ギルドの仕事をしている様子はほとんどなく、周囲からは物乞いの類なのだろうと陰で囁かれていた。
「何、バン爺もあぶれたの?」
「こんなじじいと組みたがる奴なんておらんさ」
バン爺は禿げ上がった頭をぺちぺちと叩いた。彼の毛髪は側頭部に何とか残っている程度だった。
「バン爺さ、昔は魔術師だったんだろ?」
「遠い昔な」
バン爺の手首には7級魔術師を証明する白い腕輪があった。しかし、腕輪は7年ごとに更新しなければならない。年季の入ったその腕輪は、既に期限が切れていることを意味していた。
「……ふーん」
何かを考えながらマゼンタはバン爺を見る。
「……なんじゃい? じじいに色目使っとるんか?」
「じょうだん言わないでよ、じいさんこそ、あたしに変な気ぃ起こさないでよ」
「あと100歳若かったらそんな気も起りそうだがね」
「100歳? バン爺、いま幾つさ?」
「70じゃ」
「一周してんじゃん」
「生まれ変わったら趣味も変わると思うてな」
「……じじい」
「ほほ、気を悪くするな、寂しいじじいじゃ、若いもんと話がしたいだけじゃて」
「……たく」
マゼンタは足をテーブルから下ろして、改めてバン爺に向き合った。
「じいさんさ」
「何だね?」
「あたしとパーティー組もうよ」
「何じゃい、藪から棒に」
「他の奴らはあたしと組んじゃくれないんだよ、美少女だからってバカにしてさ」
「自信過剰だしのう」
「うるさいなぁ。それでさ、あたしと例の子供を探そうよ。ひとりだと心許ないし、じいさんでもいないよりはましだからさ」
「じじいと小娘でようやく一人前ということか」
「好きなように取りなよ。どう? ふたりで大金を山分けすんの」
「老い先短いというのに、大金を手にしてもどうしようもないがな……。」
「棺桶を豪華にすればいいじゃん」
「墓穴も深く掘ってもらおうかの」
「そうそう、温泉が湧くくらいに深く掘ってやろう」
上機嫌にマゼンタは言う。
「……お前さん、人を口説くのが下手過ぎやせんか?」
「え?」
「だいたい妙な話じゃ。子供ひとり探すのに大げさじゃなかろうか?」
「そう? だって伯爵さまの子供だよ? 跡取り息子だったら当然さ」
「伯爵の?」
「何だい爺さん、こんだけの騒ぎになってるのに知らないの? アイリス伯のひとり息子なんだよ。しかも例の試験中の。そりゃ躍起にもなるさ。……どうしたの?」
アイリス伯の名前を聞いた途端、バン爺の顔が険しくなっていた。
「……あ、いや、何でもないわい」
「ねぇ、どうよバン爺? そりゃ大金はいらないかもしれないけど、金があるに越したことはないでしょ?」
「……分かった」
「え?」
「お前さんと一緒にその子を探すっちゅうことじゃ」
「やったぁ、パーティー成立ぅ。あれ、意外とあたしって人望あるかも?」
マゼンタは寄り合い所の中を見渡し、目についた男に声をかける。
「ねぇ、おにいさん、あたしらとパーティー組まない?」
男はマゼンタとバン爺を見ると鼻で笑った。
「冗談言うな、ガキとじじいのパーティーに誰が入るかよ。お守りなんぞゴメンだ」
「……ちぇ」
マゼンタは下唇を出した。子供っぽ仕草だった。