「えらい恥ぃかかせてくれはりましたなぁ、おじいちゃん」
「む……むぅ……。」
大きい目を剥いてアッシュがバン爺に顔を近づける。
「あんさんが悪いんやでぇ、大人しゅう術にかかってくれたら、こないなことせんですんだのに……。」
アッシュはバン爺の胸に右手をあてた。その右手が青白く発光する。
「……プレゼントでっせ」
アッシュはバン爺の体内に直接オドを叩き込んだ。
「かはぁっ」
アッシュはバン爺を投げ捨てるように解放した。胸元をおさえ、バン爺がよろめく。
「う……く……。」
「じいさんらしく、心臓麻痺てあの子らには言うときますわ」
バン爺はアッシュを見る。アッシュは目を輝かせて笑った。
「爆ぜぃや」
アッシュが右手を握りしめた。
「ぐぅお!」
バン爺が草むらに跪いた。
「悪く思わんといてや。俺も仕事ですきに」
「し、仕事……?」
「ええ、アイリスのおっさんからのじきじきのね……。」
バン爺はうつぶせに倒れる。左手で何とか体を起こしている状態だった。
「な、なぜ……アイリス伯は、ここが……。」
アッシュはバン爺を見下し得意げに笑うと、懐からクリスタルを取り出した。
「……それは?」
「アイリス伯が精製したクリスタルですわ。これを使えば、シアンくんの体調をコントロールしたり、強い術を使うた場合には反応して居場所が分かるようになっとるんですわ」
「……もしかして、さっきのあの子の暴走も……お前さんが?」
「冥土の土産にしては頼みが多すぎますねぇ。ええでしょ、教えたりますわ。俺、敬老精神めっちゃありますねん」
アッシュは倒れているバン爺をのぞき込むようにして言う。
「そのとおりですよ、おじいちゃん。まぁ、ある程度近くにおらんと出来へんことなんですけどね。……おじいちゃん、あの子はねぇ、お父ちゃんに首輪をつけられとるようなもんなんですわぁ」
「……なるほど。ならば、あの子に術式を使わせなければ、居場所はばれんということじゃな?」
「そないなこと今さら気にしてどないするんすか? もう居場所は分かっとりますよ?」
「これから逃げて居場所をくらますからじゃよ」
バン爺はすくっと立ち上がった。
「……な!?」
驚いて尻もちをつくアッシュ、すぐに立ち上がろうとするが足に草が絡まって立ち上がることができない。
「お前さん、ずいぶんと口が軽いのう」
バン爺はアッシュを見下す。
「な、なんでや!」
バン爺は胸元をさする。
「ちぃと強いオドじゃったがな、単純じゃから流させてもらったんじゃ」
「……流した?」
バン爺は足元を指さす。
「お前さんの足元にな」
アッシュは改めて足元を見る。まるで、人為的に結ばれたかのように、しっかりと足首が草で拘束されていた。
「こ、これがあんたの……術式!?」
「些細なもんじゃがな。……さてと」
バン爺は屈むと、地面に手を当て術式を使い始めた。
「安心せぇ、さっきはワシもつい物騒なことを口走ったが、お前さんを殺しはせんよ。お前さんにはしばらくの間、ここから動けんようになってもらう。ワシらが逃げ切れるまでな」
アッシュの周りの雑草がさらに成長を始めた。バン爺は、よりしっかりとアッシュを拘束するつもりらしい。
「あと、そのクリスタルも渡してもら──」
「な、なめんなジジイ!」
アッシュは強引に力技で草を引きちぎり立ち上がり、転がりながらバン爺から距離を取ると怒声を上げた。アッシュの薄いベージュのローブが逆巻き灰色の髪がなびく。
「ほっほ、たいしたオドじゃ。さすがオールドブラッドじゃのう」
アッシュから発せられる突風で、自身の髪をなびかせながらバン爺は笑った。
「死にさらせ!」
右手をバン爺に突き出すアッシュ、手から青白い閃光が放たれた。
バン爺に直撃する閃光、バン爺の体が激しく光った。
「今度は加減なしや、体ごと爆発せえ!」
バン爺は体をくねらせる。すると、バン爺の体から光が消えた。
「な!?」
「返すぞい」
バン爺が右の人差し指と中指をくいっと持ち上げると、アッシュの足元が爆発した。アッシュは衝撃で空高く舞い上がる。
「うわぁあああああ!」
バン爺は手を叩きながら上空にいるアッシュを見上げる。
「お~、飛んだ飛んだ~。お前さん、とんでもないもんをジジイにぶつけようとしたんじゃなぁ」
落下すると受け身を取って素早く立ち上がるアッシュ、バン爺と改めて対峙する。広い草原の真ん中、ふたりを月明りが照らしていた。
「……おじいちゃん、ホンマに7級でっか?」
バン爺は首を傾ける。
「いつワシがそうじゃと言うた?」
アッシュは目を大きく開くと、額を左手で抱えてくっくっくと笑いだした。
「そうでしたねぇ……そういえば、なぁんも確認は取ってませんでしたわぁ」
アッシュは薄布のストールをはぎ取り上着を脱いだ。
「……ほな、俺は出し惜しみはせぇへんから」
アッシュは両手を合わせた。祈りではなかった。両手には力がみなぎり、肩の筋肉と胸の筋肉が膨張して盛り上がる。
「おじいちゃんも、出し惜しみはやめてんかぁ!」
アッシュの体が閃光に包まれ突風が吹き荒れた。
光と風が収まると、筋肉の鎧に包まれたアッシュの体は金属のような光沢を帯び、さらに身長も頭一つ伸びていた。
「ほぉ、これはこれは……。」
バン爺は規模は違うがシアンと同じ術式だなと思った。
「どやっ? おじいちゃんの枯れ木みたいな体と、このムキムキマッチョの俺の体、オドなんぞ関係あらしまへん! ボッコボコにしたるさかい!」
バン爺は腰に回していた右手を前に出し、くいくいっと手招きをした。
「かまわんよ。どんなおデブちゃんでも、体内のオドは変わらんのじゃから」
アッシュが弾丸のように飛び出す。
「これが!」
一瞬で間合いが詰まっていた。アッシュはバン爺に殴りかかる。
「デブの体でっか! がぶぅ!?」
拳がバン爺に届く寸前、アッシュはつまずいて顔面から地面に倒れていた。勢いがありすぎて、顔の半分が地面に埋まってしまうほどに。
そんなアッシュを呆れたようにバン爺は見下す。
「……どっちでもええわい」
「あ、あ、あれ……?」
アッシュが顔を上げ足元を見る。またもや足に草が絡んでいた。
「少しは学習せんかい」
バン爺を睨むアッシュ、叫び声をあげると両の手の力だけで飛び上がり、空中で体を1回転させてバン爺の前に立った。
「うおおおおおお!」
アッシュは左右のパンチをくり出す。しかしバン爺には当たらなかった。バン爺が避けているのではない。足元の雑草がうごめくせいで微妙にすべり、体勢を崩し、拳がことごとく空を切っていた。
仮に当たったとしても、当たる瞬間にバン爺の体がゆらめき、ぺちりと気の抜けた音を出すばかりで手ごたえがない。
「な……なんでや……。」
アッシュは呆然とする。バン爺は拳の当たった場所を手でなでて、そしてふぅっと虚空を見た。
「……なかなか強烈なパンチじゃの。けっこう痛いわい」
そう言うものの、まったく痛がっているように見えなかった。
打撃が当たらないのならばと、アッシュはバン爺の胸ぐらをつかんだ。
「それやったら、直にオドを叩き込んだるわ!」
バン爺とアッシュを光が包み、ふたりの衣類が音を立てて逆巻く。
「はあああっ!」
そして光は柱となって天に昇った。
「消えてなくならんかい!」
アッシュの最大出力のオドの放出、普通の人間相手ならば消しくずになっているほどの攻撃だった。
しかしバン爺はいたって平静だった。アッシュのオドはバン爺を通して地面に流され、ふたりの周りの雑草は腰ほどまでに成長し、季節外れの花が咲き乱れ始めた。
色とりどりの花畑の真ん中で呆然とするアッシュ。「もう終わりか?」とばかりにほほ笑むバン爺。
「あ、あ……。」
「もったいないのう。せっかくテンプテーションを持っとるのに、こんな無駄な術式に力を費やしおって。どの攻撃も単純で、お前さんの孫の代まで読めそうじゃ」
「やかましぃ!」
「ほ?」
「さっきのお返しや!」
アッシュは上空にバン爺をほうり投げた。そして両手をかざすと、バン爺に向けてありったけのオドを放った。
「空の上やで! さっきにみたいに、逸らせるもんなら逸らしてみぃや!」
破壊の光線がバン爺に直撃する、そう思われた瞬間、バン爺の落下スピードが突然上がり、バン爺は地面に急降下した。アッシュの閃光はバン爺に当たることなく空に消えていった。
「……へ?」
バン爺が右腕を回す。
「出し惜しみは抜き、お前さんさっきそう言うたな」
言い終わると、何の予備動作もなくバン爺がアッシュの目の前に飛んできた。
「!?」
滑空しながらのバン爺のパンチがアッシュの顔面をとらえた。異常なまでに硬い拳、アッシュは後方に吹っ飛び、ゴロゴロと地面を転がった。
「あ、あ……。」
アッシュの鼻からおびただしい血が流れていた。
アッシュは顔を上げてバン爺を見る。バン爺の右の拳が石化していた。
「な、なんや、それ……。」
拳をくるくると回しながらバン爺は言う。
「どうじゃ? 別に体をデカくせんでも、術式を器用に使えばこういうこともできる。……そして」
バン爺は左の人差し指と中指をくいっと曲げてアッシュに手招きする。するとアッシュの体が引っ張られ、猛スピードでバン爺のもとへ飛んでいった。
「あ、あ!」
飛んできたアッシュの顔面をバン爺の右の肘打ちが迎え撃った。今度は右腕全てが石化していた。アッシュはバン爺とすれ違いながら、きりもみ上に飛んでいく。
「ほ、寸前で防いだようじゃな」
直撃したら終わっていた石化した肘での攻撃、それをアッシュは両腕で防いでいた。しかし、そのダメージは大きく、アッシュは両腕をだらりと下げていた。
アッシュはバン爺を睨みながら言う。
「な、なんなんや、おじいちゃん。あんた、何でそないな数の術式をつこうてはるんや? おかしいやろ、オールドブラッドでもあらしまへんのに」
小さなため息をついてバン爺は言う。
「あほう、分からんのか?」
「何がやっ?」
「ワシが使うとる術式は、ひとつだけじゃぞ」
だらりと下げた腕に加えて、アッシュの口もだらりと下がった。
「んな、アホな。だって、さっきから……。」
「お前さんのオドを逸らしたんは、オドの基礎をしっかりやっとるからじゃ。じゃが、術式に関しては嘘をついておらんよ。とはいえ、手品師は種を明かさん」
ゆっくりとバン爺はアッシュのもとへと向かう。
「う、ぐ……。」
正体の分からない術式に怯え、アッシュは後ろに下がろうとする。しかし、足が動かなかった。恐怖で足が動かないのかと思ったが、よく見ると足が地面に埋まっていた。足を上げようとしても異常なまでに体が重かった。
「……残念じゃな。良き師に巡り会えておったなら、オールドブラッドの上に強力なオドを持っとるお前さんじゃ、ワシなど足元にも及ばんかったろうに」
バン爺はさらにアッシュに近づいていく。
「く、来るな……来るなぁ!!」
アッシュは腕を振り回してバン爺を退けようとする。
「基礎からやり直せい!」
バン爺はアッシュの胸元を掌で打った。アッシュは後方に吹き飛び、草原を越えて森の木に衝突した。ずるりと倒れるアッシュ。
「あ……が……。……あ?」
アッシュは自分のぶつかった木を見る。アッシュのぶつかった木がざわざわと動き始めていた。
「な、なんや……?」
「ワシらがここを発つまで、ここで大人しくしてもらうぞ」
硬いはずの樹木が、粘土のように柔らかく動き、そしてアッシュを飲み込んでいく。
「う、う、うわああああああああ!」
アッシュは樹木に飲み込まれ、辛うじて顔を出した状態で拘束された。流動的に動いていた樹木だったが、やはり硬いままでアッシュはまったく動くことができない。
「思った以上に、お前さん力が強いみたいじゃからな。ワシのオドが完全に回復するまでそこに閉じ込めておくぞ」
「後、これも」と言ってバン爺はアッシュの懐に手を伸ばし、クリスタルを奪い取った。
「ちょ、待ってぇや。それはひとつしかあらしまへんのや。奪われたらアイリス伯に何て言われることか……。」
「……やっぱり、お前さんおしゃべりじゃのう。それを言わんかったら、ワシはアイリス伯の追跡をまだ心配しとったんじゃが」
「……あ」
そうしてバン爺は踵を返して村の方へ歩いていった。
「ちょ、ちょっと待ってぇや! こんなところにこないなカッコで置いてきぼりでっか!?」
「明日の昼には術は解けとる。そのあいだの虫刺されくらい我慢せんか、男じゃろうが」
「む……むぅ……。」
大きい目を剥いてアッシュがバン爺に顔を近づける。
「あんさんが悪いんやでぇ、大人しゅう術にかかってくれたら、こないなことせんですんだのに……。」
アッシュはバン爺の胸に右手をあてた。その右手が青白く発光する。
「……プレゼントでっせ」
アッシュはバン爺の体内に直接オドを叩き込んだ。
「かはぁっ」
アッシュはバン爺を投げ捨てるように解放した。胸元をおさえ、バン爺がよろめく。
「う……く……。」
「じいさんらしく、心臓麻痺てあの子らには言うときますわ」
バン爺はアッシュを見る。アッシュは目を輝かせて笑った。
「爆ぜぃや」
アッシュが右手を握りしめた。
「ぐぅお!」
バン爺が草むらに跪いた。
「悪く思わんといてや。俺も仕事ですきに」
「し、仕事……?」
「ええ、アイリスのおっさんからのじきじきのね……。」
バン爺はうつぶせに倒れる。左手で何とか体を起こしている状態だった。
「な、なぜ……アイリス伯は、ここが……。」
アッシュはバン爺を見下し得意げに笑うと、懐からクリスタルを取り出した。
「……それは?」
「アイリス伯が精製したクリスタルですわ。これを使えば、シアンくんの体調をコントロールしたり、強い術を使うた場合には反応して居場所が分かるようになっとるんですわ」
「……もしかして、さっきのあの子の暴走も……お前さんが?」
「冥土の土産にしては頼みが多すぎますねぇ。ええでしょ、教えたりますわ。俺、敬老精神めっちゃありますねん」
アッシュは倒れているバン爺をのぞき込むようにして言う。
「そのとおりですよ、おじいちゃん。まぁ、ある程度近くにおらんと出来へんことなんですけどね。……おじいちゃん、あの子はねぇ、お父ちゃんに首輪をつけられとるようなもんなんですわぁ」
「……なるほど。ならば、あの子に術式を使わせなければ、居場所はばれんということじゃな?」
「そないなこと今さら気にしてどないするんすか? もう居場所は分かっとりますよ?」
「これから逃げて居場所をくらますからじゃよ」
バン爺はすくっと立ち上がった。
「……な!?」
驚いて尻もちをつくアッシュ、すぐに立ち上がろうとするが足に草が絡まって立ち上がることができない。
「お前さん、ずいぶんと口が軽いのう」
バン爺はアッシュを見下す。
「な、なんでや!」
バン爺は胸元をさする。
「ちぃと強いオドじゃったがな、単純じゃから流させてもらったんじゃ」
「……流した?」
バン爺は足元を指さす。
「お前さんの足元にな」
アッシュは改めて足元を見る。まるで、人為的に結ばれたかのように、しっかりと足首が草で拘束されていた。
「こ、これがあんたの……術式!?」
「些細なもんじゃがな。……さてと」
バン爺は屈むと、地面に手を当て術式を使い始めた。
「安心せぇ、さっきはワシもつい物騒なことを口走ったが、お前さんを殺しはせんよ。お前さんにはしばらくの間、ここから動けんようになってもらう。ワシらが逃げ切れるまでな」
アッシュの周りの雑草がさらに成長を始めた。バン爺は、よりしっかりとアッシュを拘束するつもりらしい。
「あと、そのクリスタルも渡してもら──」
「な、なめんなジジイ!」
アッシュは強引に力技で草を引きちぎり立ち上がり、転がりながらバン爺から距離を取ると怒声を上げた。アッシュの薄いベージュのローブが逆巻き灰色の髪がなびく。
「ほっほ、たいしたオドじゃ。さすがオールドブラッドじゃのう」
アッシュから発せられる突風で、自身の髪をなびかせながらバン爺は笑った。
「死にさらせ!」
右手をバン爺に突き出すアッシュ、手から青白い閃光が放たれた。
バン爺に直撃する閃光、バン爺の体が激しく光った。
「今度は加減なしや、体ごと爆発せえ!」
バン爺は体をくねらせる。すると、バン爺の体から光が消えた。
「な!?」
「返すぞい」
バン爺が右の人差し指と中指をくいっと持ち上げると、アッシュの足元が爆発した。アッシュは衝撃で空高く舞い上がる。
「うわぁあああああ!」
バン爺は手を叩きながら上空にいるアッシュを見上げる。
「お~、飛んだ飛んだ~。お前さん、とんでもないもんをジジイにぶつけようとしたんじゃなぁ」
落下すると受け身を取って素早く立ち上がるアッシュ、バン爺と改めて対峙する。広い草原の真ん中、ふたりを月明りが照らしていた。
「……おじいちゃん、ホンマに7級でっか?」
バン爺は首を傾ける。
「いつワシがそうじゃと言うた?」
アッシュは目を大きく開くと、額を左手で抱えてくっくっくと笑いだした。
「そうでしたねぇ……そういえば、なぁんも確認は取ってませんでしたわぁ」
アッシュは薄布のストールをはぎ取り上着を脱いだ。
「……ほな、俺は出し惜しみはせぇへんから」
アッシュは両手を合わせた。祈りではなかった。両手には力がみなぎり、肩の筋肉と胸の筋肉が膨張して盛り上がる。
「おじいちゃんも、出し惜しみはやめてんかぁ!」
アッシュの体が閃光に包まれ突風が吹き荒れた。
光と風が収まると、筋肉の鎧に包まれたアッシュの体は金属のような光沢を帯び、さらに身長も頭一つ伸びていた。
「ほぉ、これはこれは……。」
バン爺は規模は違うがシアンと同じ術式だなと思った。
「どやっ? おじいちゃんの枯れ木みたいな体と、このムキムキマッチョの俺の体、オドなんぞ関係あらしまへん! ボッコボコにしたるさかい!」
バン爺は腰に回していた右手を前に出し、くいくいっと手招きをした。
「かまわんよ。どんなおデブちゃんでも、体内のオドは変わらんのじゃから」
アッシュが弾丸のように飛び出す。
「これが!」
一瞬で間合いが詰まっていた。アッシュはバン爺に殴りかかる。
「デブの体でっか! がぶぅ!?」
拳がバン爺に届く寸前、アッシュはつまずいて顔面から地面に倒れていた。勢いがありすぎて、顔の半分が地面に埋まってしまうほどに。
そんなアッシュを呆れたようにバン爺は見下す。
「……どっちでもええわい」
「あ、あ、あれ……?」
アッシュが顔を上げ足元を見る。またもや足に草が絡んでいた。
「少しは学習せんかい」
バン爺を睨むアッシュ、叫び声をあげると両の手の力だけで飛び上がり、空中で体を1回転させてバン爺の前に立った。
「うおおおおおお!」
アッシュは左右のパンチをくり出す。しかしバン爺には当たらなかった。バン爺が避けているのではない。足元の雑草がうごめくせいで微妙にすべり、体勢を崩し、拳がことごとく空を切っていた。
仮に当たったとしても、当たる瞬間にバン爺の体がゆらめき、ぺちりと気の抜けた音を出すばかりで手ごたえがない。
「な……なんでや……。」
アッシュは呆然とする。バン爺は拳の当たった場所を手でなでて、そしてふぅっと虚空を見た。
「……なかなか強烈なパンチじゃの。けっこう痛いわい」
そう言うものの、まったく痛がっているように見えなかった。
打撃が当たらないのならばと、アッシュはバン爺の胸ぐらをつかんだ。
「それやったら、直にオドを叩き込んだるわ!」
バン爺とアッシュを光が包み、ふたりの衣類が音を立てて逆巻く。
「はあああっ!」
そして光は柱となって天に昇った。
「消えてなくならんかい!」
アッシュの最大出力のオドの放出、普通の人間相手ならば消しくずになっているほどの攻撃だった。
しかしバン爺はいたって平静だった。アッシュのオドはバン爺を通して地面に流され、ふたりの周りの雑草は腰ほどまでに成長し、季節外れの花が咲き乱れ始めた。
色とりどりの花畑の真ん中で呆然とするアッシュ。「もう終わりか?」とばかりにほほ笑むバン爺。
「あ、あ……。」
「もったいないのう。せっかくテンプテーションを持っとるのに、こんな無駄な術式に力を費やしおって。どの攻撃も単純で、お前さんの孫の代まで読めそうじゃ」
「やかましぃ!」
「ほ?」
「さっきのお返しや!」
アッシュは上空にバン爺をほうり投げた。そして両手をかざすと、バン爺に向けてありったけのオドを放った。
「空の上やで! さっきにみたいに、逸らせるもんなら逸らしてみぃや!」
破壊の光線がバン爺に直撃する、そう思われた瞬間、バン爺の落下スピードが突然上がり、バン爺は地面に急降下した。アッシュの閃光はバン爺に当たることなく空に消えていった。
「……へ?」
バン爺が右腕を回す。
「出し惜しみは抜き、お前さんさっきそう言うたな」
言い終わると、何の予備動作もなくバン爺がアッシュの目の前に飛んできた。
「!?」
滑空しながらのバン爺のパンチがアッシュの顔面をとらえた。異常なまでに硬い拳、アッシュは後方に吹っ飛び、ゴロゴロと地面を転がった。
「あ、あ……。」
アッシュの鼻からおびただしい血が流れていた。
アッシュは顔を上げてバン爺を見る。バン爺の右の拳が石化していた。
「な、なんや、それ……。」
拳をくるくると回しながらバン爺は言う。
「どうじゃ? 別に体をデカくせんでも、術式を器用に使えばこういうこともできる。……そして」
バン爺は左の人差し指と中指をくいっと曲げてアッシュに手招きする。するとアッシュの体が引っ張られ、猛スピードでバン爺のもとへ飛んでいった。
「あ、あ!」
飛んできたアッシュの顔面をバン爺の右の肘打ちが迎え撃った。今度は右腕全てが石化していた。アッシュはバン爺とすれ違いながら、きりもみ上に飛んでいく。
「ほ、寸前で防いだようじゃな」
直撃したら終わっていた石化した肘での攻撃、それをアッシュは両腕で防いでいた。しかし、そのダメージは大きく、アッシュは両腕をだらりと下げていた。
アッシュはバン爺を睨みながら言う。
「な、なんなんや、おじいちゃん。あんた、何でそないな数の術式をつこうてはるんや? おかしいやろ、オールドブラッドでもあらしまへんのに」
小さなため息をついてバン爺は言う。
「あほう、分からんのか?」
「何がやっ?」
「ワシが使うとる術式は、ひとつだけじゃぞ」
だらりと下げた腕に加えて、アッシュの口もだらりと下がった。
「んな、アホな。だって、さっきから……。」
「お前さんのオドを逸らしたんは、オドの基礎をしっかりやっとるからじゃ。じゃが、術式に関しては嘘をついておらんよ。とはいえ、手品師は種を明かさん」
ゆっくりとバン爺はアッシュのもとへと向かう。
「う、ぐ……。」
正体の分からない術式に怯え、アッシュは後ろに下がろうとする。しかし、足が動かなかった。恐怖で足が動かないのかと思ったが、よく見ると足が地面に埋まっていた。足を上げようとしても異常なまでに体が重かった。
「……残念じゃな。良き師に巡り会えておったなら、オールドブラッドの上に強力なオドを持っとるお前さんじゃ、ワシなど足元にも及ばんかったろうに」
バン爺はさらにアッシュに近づいていく。
「く、来るな……来るなぁ!!」
アッシュは腕を振り回してバン爺を退けようとする。
「基礎からやり直せい!」
バン爺はアッシュの胸元を掌で打った。アッシュは後方に吹き飛び、草原を越えて森の木に衝突した。ずるりと倒れるアッシュ。
「あ……が……。……あ?」
アッシュは自分のぶつかった木を見る。アッシュのぶつかった木がざわざわと動き始めていた。
「な、なんや……?」
「ワシらがここを発つまで、ここで大人しくしてもらうぞ」
硬いはずの樹木が、粘土のように柔らかく動き、そしてアッシュを飲み込んでいく。
「う、う、うわああああああああ!」
アッシュは樹木に飲み込まれ、辛うじて顔を出した状態で拘束された。流動的に動いていた樹木だったが、やはり硬いままでアッシュはまったく動くことができない。
「思った以上に、お前さん力が強いみたいじゃからな。ワシのオドが完全に回復するまでそこに閉じ込めておくぞ」
「後、これも」と言ってバン爺はアッシュの懐に手を伸ばし、クリスタルを奪い取った。
「ちょ、待ってぇや。それはひとつしかあらしまへんのや。奪われたらアイリス伯に何て言われることか……。」
「……やっぱり、お前さんおしゃべりじゃのう。それを言わんかったら、ワシはアイリス伯の追跡をまだ心配しとったんじゃが」
「……あ」
そうしてバン爺は踵を返して村の方へ歩いていった。
「ちょ、ちょっと待ってぇや! こんなところにこないなカッコで置いてきぼりでっか!?」
「明日の昼には術は解けとる。そのあいだの虫刺されくらい我慢せんか、男じゃろうが」