光が落ちた場所に到着すると、周囲の木々がなぎ倒され、その中心にはすり(ばち)状の大きな穴が開いていた。そして、その穴の真ん中にはうずくまっている全裸の人影が。
 思い当たる人物はひとりしかいない。しかし、マゼンタたちはそうだと思うことができなかった。そこにいたのは、12歳の少年ではなかった。体は遠巻(とおま)きに見てもマゼンタの父親よりはるかに大きく、筋肉は所々が岩のように盛り上がっていた。白い肌と青い長髪がせめてもの名残だった。

「……あれが、もしかしてシアンくん?」
「もしかせんでも、そうじゃろうな……。」
「うそ……。」
「う、うう……。」

 シアンは(うめ)きながら体を震わせていた。白い肌のせいで、まるで生きた彫刻のようだった。

 さらに近づいてマゼンタが変身したシアンに問いかける。
「……シアンくん?」
「う、う……。」
「……大丈夫?」

 マゼンタは苦しんでいるシアンを心配してかけ寄ろうとするが、それをバン爺が制した。

「用心した方がええ、どうもあの子は理性を保っとるとは──」

「うがぁあああああああっ!!」
 シアンが顔を上げるとともに、バン爺たちに衝撃破(しょうげきは)が飛んできた。

「いかんっ!」

 バン爺は片足で地面を踏み鳴らす。すると土壁が地面からせり上がり、衝撃波から二人を守った。土壁は役目を終えるとボロボロと崩壊した。

「え、な、何でシアンくんがあたしたちを!?」
「……分かっとらんのじゃろう」
「分かってないって……ん?」

 マゼンタが異変に気付いて空を見上げる。空には雷雲が広がっていた。

「さっきまで雲ひとつなかったのに……。」
「なんじゃと……。」
「うがぁあああああああああああああ!」

 再度のシアンの咆哮(ほうこう)。それと共に、辺り一面に雷が一斉に落ちた。(またた)稲光(いなびかり)(とどろ)雷鳴(らいめい)、一瞬で視覚と聴覚が失われる。

「きゃあああああ!」

 マゼンタは目と耳の衝撃で、ダメージはなかったものの倒れてうずくまった。

「あ、ありえん。一体いくつの術式を使っておるんじゃ? こりゃあ人間の(わざ)じゃあないぞ……。」

 体が筋肉の(よろい)で巨大化しているシアンの体が再び発光し始める。そして立ち上がり両手を広げると、シアンはゆっくりと宙に浮き始めた。
 空に昇るシアンをただ呆然(ぼうぜん)(なが)めるバン爺。そのシアンの姿は、まるで天から降りてきた、最後の審判(しんぱん)を実行する大天使のようだった。

「……あかん、こりゃああかんぞ」

 バン爺がそうつぶやくとともに、シアンが激しく発光し、その体から無数の光球が発射された。

「間に合ってくれ!」

 バン爺はマゼンタの体をつかむと術式を展開した。まるで真下の地面が液化したかのように、ふたりの体はするりと地中の奥深くへと沈み込んでいった。彼らの真上では、おそらくシアンの放った光球が作り出したのだろう、破壊の轟音(ごうおん)が鳴り響いていた。
 暗い地中の中、マゼンタは恐怖のあまり、バン爺に抱きついて離れようとしなかった。バン爺もこの状態ではもはや神に祈るしかないと、ひたすら目を閉じ身をすくめていた。
 しばらく地中深くで身を潜めていると、破壊音がぴたりとやんだ。

「……終わった?」と、マゼンタが顔を上げる。
「何とも言えん……。」

 このままさらに時間を置きたかったが、そういうわけにもいかなかった。マゼンタの村の安否(あんぴ)が気になるし、何より上にいるのは他でもないシアンだった。やり過ごすわけにもいかない。バン爺とマゼンタは地上に出ることにした。

「なんということじゃ……。」

 だが、希望的観測(きぼうてきかんそく)はすぐに打ち砕かれた。ふたりが見た地上の光景は、まるで神話世界の戦いの後のようだった。
 辺り一面が炎に包まれ、木々はなぎ倒されていた。そしてそんな業火の中、平然と立ち尽くすシアンの姿があった。

「シアンくん!」
 マゼンタはシアンに近づこうとするが、強い炎と豪風に阻まれる。
「シアンくんいったいどうしちゃったの!? バン爺、村の皆は!?」
「あそこまでは火の手も煙も上がっておらん、まだ大丈夫じゃろう!」
「わ、分かったっ。……シアンくんっ! いい加減にしなよ! あなた、この国ごとぶっ潰すつもり!?」
「う、う、う……。」

 マゼンタの言葉に反応したのか、シアンは両手で頭を抱え始めた。

「……シアンくん?」

「う、う、うおおおおおおッ!」

 シアンが叫ぶと、両目が輝き光線が放たれた。
 光線はふたりの隣の山を形を変えるほどに吹き飛ばした。

「ちょ……。」

 ふたりは山を見て呆然とする。

「マゼンタ……逃げた方がええかもしれん」
「だって……あの子をこのままほっとけないよ! それに、あたし達が逃げたら村がどうなるか……。」
 たとえ自分の力が及ばないと分かっていも、マゼンタは何もしないわけにもいかなかった。
「お願いシアンくん! あたしの声が聞こえないの!?」

 その声に気づいたのか、シアンの顔がマゼンタの方を向いた。

「シアンくん! あたしよ! マゼンタ! 気づいて!」

 シアンの瞳が再び強烈な光を放ち始めた。あの光線だ。

「……シアンくん」

 強烈な光の前に、マゼンタは目をつぶった。
 絶命(ぜつめい)の破壊光線、マゼンタはまぶたの上からでも強い光を感じた。
 死を覚悟していたマゼンタ、しかしその光は直撃することはなかった。
 目を開けると、彼女の前にはバン爺が立っていた。

「……バン爺」

 一体どうやったのか、周囲には光線が何かを破壊した形跡(けいせき)は見当たらなかった。ただ一つ分かるのは、バン爺の(いん)を組んだ手から火花がちりちりと散っていたことだった。

「……マゼンタや」
「……なに?」
「ここはワシが(おさ)える。お前さんは村の人間と一緒に逃げえ」
「じいさんをひとり残して置いてけってのっ?」
「……五分五分じゃ」
「え? 何が?」
「あの子を抑えられる確率がじゃよ。じゃが、お前さんがおったらそれが出来ん。はよぉ逃げえ」

 突然の情報料にマゼンタは混乱する。破壊光線がそれたこと、バン爺が五分五分で抑えられると豪語(ごうご)したこと、しかしひとつ確実に分かることは、自分が邪魔だという事だった。

 後ずさりするマゼンタ。
「バン爺……生きて戻ってきたら、めちゃサービスしちゃう!」
「みなぎるのぅ」

 バン爺は笑っていた。不思議な笑顔だった。後年、マゼンタがその老人の笑顔を、生涯忘れることがないだろうと述懐(じゅっかい)するほどに。
 マゼンタは(きびす)を返して村の方へと山を駆け下りていった。
 マゼンタが去ったことを確認すると、バン爺はゆっくりとシアンの方へ歩き出した。そんなバン爺を、シアンが雷鳴のような咆哮で威嚇(いかく)する。

「……まったく、神さんはいつもワシに身に余る仕事を押しつけよる」
 バン爺は構えた。
「来なさいシアン、反抗期にしてはちぃと行き過ぎとるぞ」

 シアンが大口を開ける。喉の奥が緑色の光を放ち始めた。オドの気配から、先ほどの破壊光線より(はる)かに強力な一撃が来ることが予想された。山を破壊する以上の。

──あ、無理じゃったかもしれん。

 ふと、バン爺は死を予感した。突然の死神のささやきは、そよ風のように(さわ)やかだった。

──まぁ、とっくに捨てた命じゃしのう……。

 バン爺は術式を展開する。せめてマゼンタたちに被害が及ばないよう、命を賭けた一時しのぎのために。

「がるるるるるるぁあああああ!」
 シアンが吠える。

「来いやぁ小僧!」
 バン爺が(かつ)をする。

 決死の勝負、バン爺の心臓の鼓動(こどう)が残りの人生分の回数を使い果たそうというくらいに激しく脈打つ。

「う、……ありゃ?」

 しかし、シアンの攻撃は放たれることはなかった。体が一瞬はじけたように光ると、光の粒子(りゅうし)が四方に飛び散り、シアンはその場に倒れたのだ。

「……シアン?」
 バン爺が恐る恐る近寄る。シアンの体は元に戻っていた。そこにいるのはバン爺の見知った12歳の美少年だった。

 バン爺はシアンを抱き上げる。暴れる前もその最中も、悪夢にうなされ続けていたような少年は、今では安らかに寝息を立てて眠っていた。

「なんじゃったんじゃ……?」
 バン爺はシアンの胸に手を当てた心臓は正常に動いている。
「……むぅ?」
 バン爺がオドのを探っていると、シアンの胸の奥が濃淡(のうたん)の緑色の光で発光した。バン爺の顔が(けわ)しく(ゆが)む。
「……自分の子供に何ちゅうことをしおったんじゃ、あの男は」

 バン爺はシアンを背負うと、村へ戻っていった。