身支度を整えて家を出ると、謙太(けんた)知朗(ともろう)鶴杜(つるもり)神社へと向かう。

 ビルとビルの間の路地に入り、いくつかの角を曲がると小さな朱色の鳥居が見えて来る。揃って一礼して鳥居をくぐった。

 しばしその場に(たたず)んで、神社が(かも)し出す神聖な空気をまとう。このささやかなお(やしろ)(まつ)られているのはあの気さくなツルさんだと言うのに、尊い気配を感じる。

 謙太と知朗は手水舎(ちょうずや)で手を清める。口の清めは飲食店を経営している自身が食中毒になってしまったら目も当てられないので、念のために省略させていただいていた。

 小さな神社なので、振り返り数歩歩いたらもうお社だ。

「ツルさん、ここに戻って来てはるかなぁ」

「多分な」

 格子状の木製の扉から見える向こうに(たてまつ)られているのは、こじんまりとしたご神体。

 それにツルさんを重ねてみると、合致する気がするから不思議だ。ああ、あれはツルさんなのだなと自然と受け入れることができる。

 謙太と知朗は丁寧に賽銭(さいせん)を落とし、じゃらんと鈴を鳴らす。そして二礼、二拍手、一礼。胸元で手を合わせ目を閉じ、ツルさんに語り掛ける。

 ツルさん、ありがとうございました。ええ経験ができた気がします。これからも励みますんでどうか見守っていてください。そしてアリスちゃんと太郎くんと夏子ちゃんと、あの空間にいた人たちが、健康で幸せに生まれ変われますように。

 目を開いて顔を上げると、隣で知朗はまだ手を合わせていた。だがそう差も無く顔を上げるとにやりと口角を上げた。

「ツルさん死神さん、夫婦喧嘩もほどほどにな」

 知朗の言葉に謙太は「あはは」と笑みをこぼす。

「死神さまも一緒におるんかなぁ。それとも魂を抜くお仕事中やろか」

「どうだろうな。俺はツルさんがちゃんと仕事しててくれたらそれで良いさ」

「神さまに向かって偉そうやなぁ」

「だってツルさんだろ」

「あはは」

 そんな軽口を叩きながら、謙太は無作法だと思いながらもぱんぱんと2回手を叩いた。

「明日からまたよろしくお願いしますねぇ、ツルさん」

 知朗もまたそっと手を合わせる。

「よろしくな。商売繁盛だぜ、ツルさん」

 そして手を下ろし、ふぅと達成感を感じる息を吐いた。

「さぁて、今日はどうしようかぁ」

「そうだな、正直昨日は寝た気がしなかったからな、明日に備えて旨いもんでも食ってゆっくりするか」

「そうやね〜。幸せになれる美味しいもの食べに行こう! 何がええかな〜」

 そしてふたりは鶴杜神社を後にし、足取りも軽やかに帰途に着いた。