「死神さまは、ツルさんに構って欲しくてこの空間を作ったんですか?」

「そうよ。だって夫婦なんだから、旦那さまが奥さんを構うのは当たり前じゃ無い」

 死神はさも当然という様にしれっと言う。

「それは時と場合によるかとは思いますけど、でも確かにまぁ」

「わしが悪かったんじゃ。結婚前は仕事に励んでおった。わしを氏神(うじがみ)とする神社界隈(かいわい)に住まう氏子(うじこ)を見守る仕事じゃ。わしは結婚してもそれを優先してしもうたんじゃ」

「まぁ仕事は大事だと思うけどな」

「でも結婚したなら生活も変わりますよねぇ」

 聞いてツルさんは神妙な面持ちで「そうなんじゃ」と頷く。

「わしはそれに至れなんだ。奥さんをないがしろにしたつもりは無かったんじゃが、結果的にそうなってしもうたんじゃ。なんとも不甲斐ない話じゃ」

「だから空間を作って、旦那さまが大事にしている氏子の死者を連れて来たの。7歳までの餓鬼(がき)は無理だったけど、それ以上の餓鬼とかじじいとかばばあとかね。人が死ぬのはどんな理由でも寿命よ。だから成仏する限り本来ならすぐに転生の流れに入る。それを留め置くのは不自然。私はそれをすることで、旦那さまの関心を向けようとしたの。でもそうしたら、今度はその死者たちをどうにかするのに一生懸命になっちゃって、基本ここから出て来なくなっちゃった」

 女性は不機嫌な表情で言い、形の良い唇を尖らせた。ツルさんは苦笑する。

「少しでも早くここにいる死者を次に送りたかったからのう。じゃから謙太(けんた)(ぼう)とトモ坊には本当に助けられたんじゃ。それぞれに心残りじゃった食べ物はあったんじゃろうが、食べ物が食べられたということで皆満足してくれた様じゃ。じゃがあの味噌ラーメンは本当に美味しかったぞい」

「そりゃあ良かった。まぁ俺らも、まさか全員行くとは思わなかったけどな」

「そうやんねぇ」

「ってことはあれか。俺らは神さんの夫婦喧嘩に巻き込まれたってことか」

「あはは、そうなるねぇ」

 謙太がおかしそうに笑うとツルさんが「笑い事じゃないぞい」と困り顔をする。

「そもそもこれを喧嘩と言っても良いものなのかのう」

「喧嘩やんねぇ〜」

「喧嘩だな」

「喧嘩でしょ」

 3人が声を揃えると、ツルさんは「そ、そうなのかの」と気まずそうに苦笑いした。

「そう言えばサヨさんは? サヨさんはどういう人なんです? 皆には見えて無かったって言ってはったけど」

 そのサヨさんは今も静かに佇んでいる。

「ああ、サヨはわしが作った木偶(でく)なんじゃ」

 ツルさんが両手を軽く叩くとサヨさんの姿が掻き消え、からんと人型の小さな木の人形が転がった。謙太も知朗(ともろう)ももう驚くことなく、「へぇ」と感心した様な声を上げた。

「サヨさんが毎日来てくれたから、まぁ俺らも食べ物用意できるかどうか聞いてみようかとも思ったんだけどな」

「そうだねぇ。誰も来ずに放ったらかしにされとったら、どうしようもできひんかったもんねぇ」

「そういうことも含めての連絡係だったんじゃ。木偶じゃからサヨからの提案やらはできんけどもな。少しばかりの知恵はあるがの。じゃから他の人に見える必要が無かったんじゃな」

「でも特に味噌ラーメンの時には、産地やらなんやらきっちり揃えてくれたや無いですかぁ」

「まぁそれはそれ、ここは(うつつ)では無いからの、どうにでもなるもんじゃ。謙太坊とトモ坊がしっかりメモを書いてくれたからのう」

「なんだかご都合主義だなぁ。その割にはカレーのルウは用意してくれなかったけどな。ケーキもティラミスも、そのものを用意してくれたら話は早かったのにさ」

「そんな簡単に叶えられたらたまらないわよ。結局どれも簡単に作られちゃったんだけど」

 死神が()ねて言うと知朗が「はぁ?」と呆れ、ツルさんは「ほっほっ」と笑う。

「奥さんの思惑は別にしての、材料の用意に関してはの、こっちの世界はそういう風にできておるんじゃよ」

「まぁまぁ、僕らはそれで味噌ラーメンの再現ができたんやからさぁ」

「まぁな。で、ツルさん死神さん、この勝負ってやつは片が着いたってことで良いんだな」

「そうじゃの」

「不本意だけどね!」

 ツルさんが穏やかに言うが、死神さまはまた膨れてしまった。

「ツルさんはもう少し奥さんを大事にしてあげてくださいねぇ。死神さまは寂しかったんですから。ね〜」

「……そうよっ!」

 死神さまは顔を赤くして、ぷいとそっぽを向いた。

「そうだったのかの?」

 ツルさんが驚いた様な声を上げたので、知朗は思わず「今更か!」と突っ込んでしまう。

「ツルさん気付いてへんかったんですか!?」

 謙太も驚いて目を()いてしまった。

「わしは奥さんは怒っておるのかと思っておったからのう」

 ツルさんが慌てると、死神さまはますますぷうと膨れてしまう。

「それは済まなかったのう。いや、怒らせてしもうたのであっても謝らねばならんかったのじゃが、寂しい思いをさせておるとは思わなかったんじゃ」

「ツルさん〜……」

「ツルさん……」

 謙太も知朗も呆れて目を閉じる。

「大丈夫じゃ。これからはできる限り一緒にいるからの。そうじゃ、死神としての仕事が無い時はわしの神社に来たらどうじゃ。一緒に氏子を見守ろうでは無いかの」

「私は死神なんだから見守るなんて性に合わないわ。でもたまにはいいかもね」

「それでも良いぞい。わしはどうしてもなかなか神社から離れられんからの。そうしてもらえるなら嬉しいのう」

「ん……」

 死神さまは頬を染めて小さく頷く。嬉しいと言われたのが嬉しいのだろう。

「ん? 待ってくれツルさん。ツルさんがずっとここにいたってことは、神社はもぬけの殻なのか?」

 知朗の疑問にツルさんは「いいや、それは大丈夫じゃ」と微笑む。

「わしはここにいながら本来の仕事もしておったからの。大吟醸(だいぎんじょう)を飲みながら氏子を見守っておったぞい」

 知朗は安堵(あんど)にほっと息を吐いた。

「なら良いけどよ。俺ら毎週日曜日に参ってたからさ」

「そうじゃ。じゃから謙太坊とトモ坊に来てもらったんじゃ。毎週日曜日に熱心に参ってくれておった。感心な氏子じゃと思っておったんじゃ。なにせあんな路地裏にある神社じゃからのう、参拝客がなかなかおらん。そんな中に見付けてもろうて参ってもろうての。次のお役目さまは絶対にふたりにするぞと決めておった」

「え、まさかツルさん、僕らをお役目にしようと思って火事を起こしたなんてことは」

 謙太が怪訝(けげん)な顔になって聞くと、ツルさんは「それなんじゃが」とまた申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「謙太坊、トモ坊、お前さんたちは死んではおらんのじゃ」

「へ?」

「は?」

 まさかのことに謙太も知朗も間抜けな声を上げる。死んでいない、ということは生きている? 生きている状態でこの死後の空間に連れて来られたということか?

「前の双子ちゃんもそうだったのじゃが、お役目は生きておる人なんじゃ」

「そうじゃ無いと、こっちに都合の良い人材を()えられないからね」

「え、じゃあ俺らは元の生活に戻れるってことか?」

「どういうことですか? いえ死んでないんやったらそれはもちろんええんですけど、なんでそんなことを」

「死んだことにしておいた方が話が早いからのう」

 ツルさんはけろりとそう言う。

「それは確かにそうなんやろうけど……」

 生きたままこの空間に呼ばれたとなると、確かに「早く帰してくれ」と迎えに来てくれたサヨさんに詰め寄っただろう。実際死んだと思ったからこそ、おとなしくお役目を受け入れたのだ。

 謙太と知朗は顔をしかめたまま、はぁと大きく溜め息を吐いた。