夏子(なつこ)ちゃんは「お洒落な喫茶店でティラミスが食べたい」と言った。

 ティラミスはクリアできたが、「お洒落」に関しては難しい。なにせここには何も無いのだ。だができることはしたい。

 謙太(けんた)友朗(ともろう)はがさごそと服のポケットなどを探る。

 すると謙太のボトムのポケットから大判のバンダナが出て来た。白地に生成色のドットがあしらわれたシンプルなもの。味噌麺屋(みそめんや)営業の時に頭に巻いているものだ。

 洗いたてなので少し洗い(じわ)と折り皺はあるが綺麗だ。これなら使える。

 床にバンダナを敷き、真ん中にミントを()けた小さなグラスを置いた。

 テーブルと椅子があればもっと格好もついたのだろうが、無いのだからこうして少しでも工夫をするのだ。バンダナがあっただけでもめっけもんだ。

 知朗が作ってくれていたものも仕上がり、さてデートだ。

「夏子ちゃん、行こか」

 謙太が笑顔で手を伸ばすと、夏子ちゃんは照れながらも無邪気にその手を取った。

 夏子ちゃんをエスコートして用意した場所に(おもむ)く。バンダナとミントを見た夏子ちゃんは「わぁ、可愛い!」と声を上げた。

「どうぞ〜」

 謙太が(うなが)すと、夏子ちゃんはそわそわしながら腰を落とす。その正面、バンダナとミントを挟んで謙太も座った。夏子ちゃんは自然に横(ずわ)りになり謙太はあひる座りをする。

「トモー、よろしくねぇ」

 謙太がキッチンに声を掛けると「おー」と返って来る。そして間も無く、まずは知朗が作った料理が提供された。

「お待たせ。まずはそば粉のガレットだ」

 膝を折った知朗が置いたガレットを前に、夏子ちゃんは目をきらきらさせるが、「え? これは何? が、がれ?」と困惑した様な声を上げる。

「そば粉が入ったクレープみたいなもんな。いろんな食い物を包んで一緒に食うんだ。今回はベーコンとチーズと卵な」

 薄く丸く焼いたそば粉ガレットの上に、かりっと焼いたベーコンとゴーダチーズ、くぼませた中央に割った卵を入れて塩こしょうをしたら、丸い四隅を内側に四角になる様に折りたたみ、卵が半熟になるまで(ふた)をする。

 夏子ちゃんは、ほかほかと湯気を上げ、艶々(つやつや)と輝く半熟目玉焼きが1番上になっているガレットを見下ろす。

「甘いクレープのとは違うものなの?」

「お、クレープは食ったことがあるのか。これは生地の大部分がそば粉で、甘さがほとんど無いんだ。ヘルシーだってので若い女性にも人気があってな。一時期流行って、今はもうカフェの定番の飯だな」

「そうなの!?」

 夏子ちゃんは俄然興味が出てきた様で目を輝かせた。

「最近はマリトッツォとか台湾カステラってのも流行ってるんだが、甘いものばっかりって言うのもな。それに飯の後のティラミスは、味も引き立つってもんだ」

「そうなんだ。嬉しいな! 死んでからの流行りの美味しいものを食べられるなんて、凄っごいお得! 私ね、多分そういう女の子が当たり前にしてたり、食べてたりしてたものができなかったことも、心残りだったと思うんだ。外でご飯食べることもほとんどできなかったし。だから本当に嬉しい! トモさんありがとう!」

「おう。冷めないうちに食いな」

「うん!」

 夏子ちゃんは明るく言うとナイフとフォークを手にする。

「いただきます!」

 ところがそのまま夏子ちゃんの動きが止まってしまう。おずおずと顔を上げて知朗を見る。

「どうやって食べたら良いの?」

「ナイフで卵の黄身を割って、絡めながら食うのが旨いな。崩れるの気にしないで思い切ってナイフを入れてやれ」

 夏子ちゃんがナイフの先で黄身をつぷりと刺すと、薄い膜が破れて黄身がとろりと流れ出て来た。

「うわぁ、つやっつやしてる!」

 夏子ちゃんは卵の白身ごと、ガレットに入っている中身も合わせて、ざくっと思い切り良くナイフを入れた。

 ナイフとフォークを使い慣れていないのか、かちゃかちゃと音を立てながら手を動かす。

 それでもガレット生地と具全種を巧くフォークで刺し、黄身を絡めてそっと口に運んだ。はふはふもぐもぐと口を動かすたびに、夏子ちゃんの目が見開かれて行った。

「美味しい! ガレット?、の生地がぱりっとしてるんだけどもちもちもして、香ばしくて具材と凄っごく合う。チーズがとろっとしててベーコンに少し塩っけがあって、卵と絡めて食べるの美味しいね!」

「口に合った様で良かったぜ」

「うん。凄っごく美味しい! 謙太さんも食べて食べて!」

 謙太は夏子ちゃんのひと口目を待っていたのである。やはりここはまず夏子ちゃんに味わって欲しかった。

「うん。いただくねぇ」

 謙太も黄身を割ってガレットにナイフを入れ、器用に刺して口に入れる。そして「うんうん!」と満足気に噛み砕く。

「やっぱりトモのご飯美味しいねぇ!」

「まぁな。実は初めて焼いたんだ。どうにかなるもんだな」

「そうなん? それでこのクオリティかぁ。さすがトモ」

「この商売だからな、流行りの食い物は押さえておかねぇと。それで作り方も調べてたんだ」

「商売って?」

「僕ら生きてる時はラーメン屋やってたんよ〜。味噌ラーメンやで〜」

「へぇー! だからこんなに美味しく作れるんだ。凄いね!」

「サンキューな。じゃあ俺向こうに行ってるからよ。食い終わったらティラミス持って来るから声掛けてくれ」

「うん。ありがとう」

「トモさんありがとう!」

「おう」

 知朗がその場を離れると、謙太と夏子ちゃんのふたりになってぐっとデート感が増す。謙太はまた一口ガレットを食べる。

「美味しいねぇ」

「うん、美味しいね! トモさんの心遣い嬉しいなぁ」

「トモは気も利くし、面倒見もええからねぇ」

「ねぇ、今の日本って言うか、世界って言うかどうなってるの?」

「んー、夏子ちゃんが生きとった時からはだいぶん変わってるとは思うんやけど〜」

 質問が漠然とし過ぎていて、なんとも答えが難しい。

「私ね、少女漫画を読んでた時から、遊園地とか動物園のデートとか憧れてたんだー。どっちも家族とは行ったことあるんだけど、遊園地では乗れなかった乗り物も多くて。絶叫系とかは駄目だって。ジェットコースターとか乗ってみたかったなー」

「今は遊園地の他にテーマパークって言うのがあるんやで。あ、でもこれは夏子ちゃんが生きとった時にもあったんかなぁ。ねずみの国とか」

「あ、あったあった! 行ったことあるよ。マスコットキャラ可愛かったー。一緒に写真撮ってもらったんだ!」

「そういうのが全国に何個かできたりねぇ。どこも人気のデートスポットやねんでぇ。もちろん家族でも行くんやけど」

「謙太さんもそういうところにデートに行った?」

「さぁ、どうやろうねぇ」

「えー、そこ内緒にするところなのー?」

「夏子ちゃんと僕のデートなんやから、過去の女性の話はせえへんよ〜」

「あ、そ、そっか」

 夏子ちゃんはふわりと顔を赤らめて、照れを隠す様にがつがつとガレットを貪った。

「夏子ちゃんが読んどった少女漫画ってどんなんなん? 僕は少女漫画をほとんど読まへんかったから、今の少女漫画もよお知らへんねんけど」

「いろんな雑誌読んでたからいろいろあったよ。お姫さまが出てきたり青春劇だったり、大正時代? っていうのが舞台だったり、妖怪とか怪物が出て来たり。恋愛が絡んでるのが多かったのは、少女漫画だったからかなぁ。今ってどんな少女漫画があるんだろ」

「恋愛要素云々を除いたら、男性向けの漫画もそんな感じかもねぇ。あ、スポーツものも人気あるねぇ」

「スポーツ! あーでも体育の時間も私見学だったなぁ。ドッジボールとか皆楽しそうにやってたの羨ましかったー」

「僕は運動が苦手やったから、体育の時間は苦痛やったわぁ」

「えー、男の人なのに」

「男でも運動ができない人はおるんやで〜。やから運動ができる男の子ってもててへんかった?」

「もててた! 格好良く見えるんだよね! あれ不思議だよねー」

 そんな話をしていると気付けばふたりの皿は空になっていた。

「夏子ちゃん綺麗に食べたねぇ」

「うん! 最後まで美味しかったー。ごちそうさまでした」

 夏子ちゃんは言って、一緒に出されていた氷水で口直しをした。