熱い、熱い熱い熱い熱い熱い。
 真っ赤な眼前(がんぜん)、全身にまとわり付きながら身体をこじ開けて入ってくる黒煙(こくえん)
 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、死、ぬ。
 燃え盛る凶器に翻弄(ほんろう)され、意識を失った次の瞬間。



「どこやろう、ここ」

「どこだろうな」

 ふと気付くと、謙太(けんた)知朗(ともろう)は深夜の様な空間に佇んでいた。周りを見渡しても濃紺の闇が広がるだけで、近くにいる互いはどうにか認識できた。

「俺ら、火事に()ったよな」

「……うん。焼けたと思う。死ぬほど熱かったはずなんやけど、なんでやろ、あんまり思い出されへんわぁ」

「俺もだ。どういうことだ?」

 知朗がそう言った時、ふたりの目の前にふわりと灯りがともった。そしてその向こうに徐々に女性の姿が浮かび上がる。

「……はぁっ!?」

「うわあぁぁぁぁぁ!」

 大いに驚いて後ずさりすると、まだ半透明の女性が「ああ、驚かせてしまい申し訳ございません」と(しと)やかな声を上げた。

 間も無くその姿が完全になる。細身の小柄な身体に薄いピンクの着物をまとい、真っ黒で艶やかな髪は腰あたりまで伸びている。涼やかで(つむ)っている様な細い目尻がやんわりと下げられた。まるで日本人形の様である。

 灯りを手にした女性はふたりを前に深々と頭を下げ、ゆっくりと口を開く。

「初めまして。おふたりをここに呼び寄せましたのは、私の(あるじ)でございます」

 そう静かに言い、また深く頭を下げる。

「お疲れでございましょう。どうぞお座りください」

 女性はそう言って、床と思われるふたりが足を付けている箇所を(てのひら)で示す。

 ふたりは顔を見合わせる。ここは従っても大丈夫なのだろうかと不安が過ぎる。するとそれを察したのか、女性がゆっくりとその場に腰を下ろして脇に灯りを置いた。とても姿勢の良い正座である。

 そこでふたりも恐る恐るその場に座った。謙太はぺたん座り、知朗はあぐらをかく。

「まず、この度は誠にご愁傷(しゅうしょう)さまでございました」

 女性はそう言い三つ指をついた。

「ああ、僕らはやっぱり死んでしもたんですねぇ」

「はい。おふたりは火事でお亡くなりになりました。まだまだお若いですのに、本当に残念に思います」

「そっか」

 知朗は素っ気なく言い、頭をばりばりと掻いた。

「あんま思い出せねぇけどさ、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)熱かったし痛かったはずなんだよな。あんだけ全身を火に焼かれて死なねぇわけが無ぇよな」

「それなのでございますが、僭越(せんえつ)ながら主がそのご記憶を消させていただきました。これからおふたりにしていただきたいことに、炎への恐怖は禁物ということでございました」

「してもらいたいこと、ですか?」

 ふたりはかすかに目を見開く。

「はい。その前に、まずはこの空間のことを説明させていただきます」

「そうだよ。ここはどこなんだ。俺ら死んだってことはいわゆる死後の世界ってやつなのか?」

「それは半分正解、半分間違いでございます。ここは確かに亡くなられた方が訪れる場所でございますが、死後の世界というものはこの更に先にあるのです。ここは生者と死者の間の世界なのでございます」

「じゃあこの世界にいる人はどうなるんですか?」

「この世界におられる死者の方々は、何かしらの理由があって転生できない、もしくはしたくないのでございます。ですのでご本人さまが転生したいと思われない限りは、永遠にこの世界に居続けることになります」

「それってええことないんや無いんですか?」

「いいえ、そうでは無いのでございます」

 謙太が戸惑う様に言うと、女性はゆるりと首を振った。

「皆さまこの世界を楽しんでおられます。成仏していないわけではありませんので、大丈夫なのでございます」

「じゃあなんで僕らは揃ってこの世界に来たんですか? さっき何かしてもらいたいことがある、みたいなことを仰ってはりましたけど」

「そう難しいことではございません。おふたりにはこの世界にお住まいの方々に、お飲み物をご用意していただきたいのです」

「ええっと、ドリンクバーみたいってことか? 店か何かか?」

「そう捉えていただいて大丈夫かと思います。この世界には老若男女(ろうにゃくなんにょ)様々な方がおられますので、ジュースからお酒までいろいろなお飲み物がございます。金銭のやりとりはありませんので、正確にはお店ではございませんが、その様なものだと思っていただけましたら」

「まぁ、僕らができることでしたら」

「まぁそうだな」

 まだどうにも()に落ちないがふたりは頷いた。

 ふたりが死んでしまったのは突然のことだ。成仏だの転生だの、これまで考えたことも無かった。死というものを視野に入れるには若かったし、病気知らずの健康体でもあった。

 怪我だって調理中にできる小さなやけど程度だ。今でも現実感が無い。まるで夢を見ているみたいだ。

「あ、でもそれやったら火への恐怖とか関係無いですよねぇ?」

「それに関しましては追々と。さぁ、ではご案内いたします。恐れ入りますがお立ちくださいませ」

 女性が灯りを手になめらかな動作で立ち上がるので、ふたりも腰を上げる。すると女性の後ろにすっと扉が現れた。深い色合いの木造りの大きな観音開きの扉だ。神社や寺を彷彿とさせる立派なものだった。

 その扉がぎぎっと軋んだ音を立ててゆっくりと向こう側に開く。その向こうに見えるのは今いる暗闇と変わらない色だった。

 所作良く歩く女性がためらいもせず扉をくぐるのでふたりも続く。すると驚いたことに扉越しに見えていた闇から一転、途端にそこは明るい空間に様変わりした。ふたりはその光につい目を瞑ってしまう。

 しかし徐々に目が慣れて来てゆっくりと開いて見ると、まるで穏やかな(うたげ)が行われている様な光景が広がった。