サヨさんにまた材料を揃えて欲しいと言うと、もう慣れてくれたのか「かしこまりました」と、紙片と鉛筆を出してくれた。

 謙太(けんた)が材料を書いていると、知朗(ともろう)が「謙太、書き終わったら俺にも貸してくれ」と言うのでその通りにする。知朗は次のページにさらさらとなにやら書いてサヨさんに「よろしくな」と返した。

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 サヨさんは深く頭を下げて扉から出て行った。



 しばらくしてまたサヨさんが訪れる。サヨさんはいつもの通りまた深くお辞儀(じぎ)をした。

「お待たせいたしました。材料が揃いました」

「ありがとうございます。いつも助かります」

「ありがとうな」

 謙太と知朗はキッチンの引き出しなどから材料をせっせと出す。その中には謙太が頼んだもの以外のものもいろいろ含まれていて、知朗が所望したものだと知れる。

「知朗は何を作るん?」

「んー、まぁ新旧の共演ってとこかな」

 謙太は材料をざっと眺めて「あ」と声を漏らす。

「何となく分かったかも」

「スイーツは俺じゃ作れねぇから飯だな」

「ええと思う。ご飯の後にスイーツやなんて、ますます女の子っぽいやんねぇ。じゃあ明日朝のピークが終わったら作ろうかぁ」

「そうだな」

 その時夏子(なつこ)ちゃんがドリンクを取りに来た。その前に空のグラスを箱に入れるためにキッチンに寄る。それを見た知朗が、材料の一部を素早く引き出しに放り込んだ。

「あれ、それもしかしたらティラミスの材料?」

 キッチンに並べられている材料を、夏子ちゃんが覗き込んで来た。

「うん。次に起きたら作るね。もうすぐ暗くなるから」

「楽しみ! へぇー、ティラミスってこんなにたくさんの材料を使うんだ」

「でもそんなに難しいものや無いんやで。明日楽しみにしとってねぇ」

「うん。ありがとう! あ、アイスミルクティちょうだい」

「はーい。ちょっと待ってねぇ」

 謙太がテーブルに移動すると、夏子ちゃんも跳ねる様に付いて来た。



 謙太と夏子を見送った知朗は「ふぅ」と息を吐く。

「いくら夏子がティラミス食ったこと無ぇって言っても、あの材料は不自然だからな」

「そうなのかの?」

 ずっとテーブルの定位置で、大吟醸(だいぎんじょう)をちびりとやっていたツルさんが興味を持ったのか、キッチンに寄って来ていた。

「おう。多分見られてねぇと思う。できたら明日驚いてほしいからよ」

「言っておったサプライズというやつじゃの? 巧く行くと良いのう」

「ああ」

 知朗は言って楽しそうな笑みを浮かべた。



 暗くなったが謙太と知朗は横にならず、テーブルにもたれてぽつりぽつりと言葉を交わす。謙太はミモザ、知朗は栗焼酎のロックを傾けていた。

「ここにいる人は皆亡くなってる人で、ってことはもちろん死因があるんやから、話聞いていちいち落ち込んでる場合や無いと思うんやけどねぇ」

「気持ちは分かるぜ。アリスはまだまだこれからだったって言うのに事故に()っちまったし、太郎は多分虐待の果てだろ。で、夏子が病気か。どれも遭いたくないもんだよな」

「まぁ僕たちは焼死なんやけどねぇ」

 謙太が言って「あははっ」と笑うと、知朗は「笑いごとじゃ無ぇだろ」と顔をしかめる。

「そんな目に遭ったって言うのに皆明るいよな。悲観してねぇって言うか悲壮感も無ぇし」

 知朗のその言葉に、謙太は笑い声を上げながら話したり遊んだりする皆のことを思い起こす。

「そうやんねぇ。僕らも不思議と暗い気持ちにならんよねぇ。ここに来たばかりのころは、サヨさんの話を飲み込むのが大変で、それどころや無かったんやけど」

「ああ。不思議なもんだぜ。何か理由はあるんだろうけどよ」

「でも考えても想像が付かへんよ。こうやって時々この場所の話するけどねぇ」

「そもそもまだ手掛かりが無ぇからな。けど俺らが心残りの食いもんを作って、ここの人たちが次に行くって言うのか? 悔い無く生まれ変われるんだったら、とりあえずはそれしか無ぇかなって」

「そうやねぇ。夏子ちゃんのが終わったら、皆に心残り聞いてみる? 僕たちができることやったらええんやけどねぇ」

「それも良いかもな。けどやっぱりまだ様子見だな」

「そうやね。じゃあ飲み終わったら寝よかぁ」

「おう」

 ふたりはそれぞれ残っていたお酒を飲み干す。

「……そう言えば」

「ん?」

「ここっていくらお酒飲んでも酔わへんよねぇ。ツルさんも言うとったけど。それも不思議やってん」

「ああ、確かに俺らそんな弱いわけじゃ無ぇし、ゆっくり飲んでるけどよ、それにしても全然酔わないよな。それも何か関係があるのかね」

「ほんまにねぇ。謎は深まるばかりやわぁ」

「謎だけどよ。とりあえずもう寝ようぜ」

「そうやね。考えても何にも出てこうへんもんねぇ」

 謙太と知朗はグラスを箱に入れ、適当に床に横になった。

「おやすみぃ、トモ」

「おう、おやすみ」

 そうして目を閉じるとあっという間に眠りの淵に送られた。