やがて泣き止んで、鼻をぐずらせる太郎がぽつりぽつりと話した内容は、おおよそ知朗と謙太の思った通りだった。
太郎に父親はおらず、母親の暴力と暴言に晒されて育った。
泣けば怒鳴られ失敗をすればなじられ、食べるものもろくに与えられず、がりがりのちっぽけに育つしか無かった太郎を、周りの大人も我関せずだった。
小学校の担任も太郎の家庭には不介入だった。ゆえに太郎が良く知る大人というものは、自分に危害を及ぼす母親だけだったのだ。
「だから、大人は、怖いものだって、思ってた。だから、ここに来た時、怖かった。大人が、たくさんいたから」
太郎はまだ少し潤んだ目で鼻をすすりながら、一生懸命話してくれる。知朗は太郎の顔を割烹着の裾で拭いてやった。
「お洋服、汚して、ごめんなさい」
「気にすんな。こんなもん洗えば綺麗になるんだからよ」
知朗がけろっと言うと、太郎はほっとした様に緩やかに口角を上げた。
「でも、ここにいた大人たちは、みんな、にこにこして、僕と遊んでくれた。怖く無かった」
「楽しかったか?」
「うん、楽しかった」
太郎は嬉しそうに顔を赤らめた。
「良かったな」
「うん」
太郎はきゅっと目を閉じる。その時のことを思い出しているのか、口元がふわりと緩んだ。そんな太郎に言って良いものか知朗は逡巡したが、太郎に言い聞かせる様に口を開く。
「太郎、ほとんどの大人がそうなんだ。ほとんどの大人は子どもに、人に酷いことはしねぇ。子どもは時々残酷になることもあるが、そういうのも人生経験や、人との関わりを通じて変わって行くものなんだ。で、親になったら、ほとんどの人は子どもを大事にするもんなんだよ。もちろん子どもを産んだからって、無条件で親らしくなれるもんじゃ無ぇ。だから皆努力するんだ。太郎の母ちゃんがどう思って太郎を産んだのかは判らねぇ。けど、産んだら親になる責任が付いて来るんだ」
太郎は理解しているのかいないのか、だが素直な太郎は目を瞬かせながら懸命に聞こうとしている。
「太郎の母ちゃんはそれができなかった。だから太郎、お前は子どもとして母ちゃんを許さなくて良い。子どもだって親を拒めるんだぜ。けど太郎がそれでも母ちゃんが好きなら、慕ってるならそれで良い。許せるならそれで良いんだ」
太郎はこくりと頷いてぽつりと話す。
「お母さんを、嫌いには、なれない。でも、許すとか、許さないとかは、よく分からない。僕はただ、お母さんと、仲良くしたかっただけなんだ」
「そうだな。それが当たり前だ」
「でも、それができなかったから、僕が悪かったのかなって」
「それは違うぞ太郎。まずは親が子どもに手を差し伸べるんだ。そして子どもが伸ばした手を取るのが親ってもんだ。母ちゃんは太郎の手を取らなかった。それは悲しいことなんだ。太郎は悲しく無かったか?」
「……悲しかった。でも泣いてたら、どなられた。泣いたからだめだったのかな」
「辛かったり悲しかったら泣いても良いんだぜ。太郎の母ちゃんは親になれなかっただけなんだ。それには何か深い理由があったのかも知れねぇ。けどそんなことは子どもには関係無ぇからな」
太郎は考える様に下を向く。少ししてゆっくりを顔を上げた。
「許せるかどうかは、やっぱり分からないけど、許さないって思ったら、もやもやする」
「そうだな。そんな簡単なもんじゃ無ぇもんな。だったらそれで良いんだぜ。無理に気持ちを整理しなくて良い。太郎の気が済むまで考えたら良いんだ」
「良いの?」
「ああ。慌てることなんて無ぇぞ。ツルさんも謙太も俺も、他の大人たちも傍にいるからな」
「……うん」
太郎は今までで1番力強い返事をした。知朗は太郎の頭をくしゃくしゃと撫で、太郎はくすぐったそうに目を細めた。
「よし太郎、もっとカレー食うか? さっきのだけだと少なかっただろ」
「うん。食べたい。ありがとう」
「じゃあ待ってろな」
さっき太郎が使った器とスプーンは謙太が箱に入れてくれていたので、新しい食器を出す。ご飯もカレーも火を消しているのに、不思議と熱々のままだった。
食器にご飯を盛ってカレーを掛けると、太郎が待ち切れないと言う様に、コンロの前に立つ知朗の横に寄って来た。
「お、できたぜ。行儀良く座って食おうな」
「お兄ちゃんは、食べないの?」
「ん? 俺も食って良いのか?」
知朗が聞くと太郎はもじもじと恥ずかしそうに俯いた。
「……一緒に、食べたい」
「そうか。あ、じゃあさ、謙太兄ちゃんとツル爺ちゃんも一緒に食って良いか?」
すると太郎は「うん!」と嬉しそうにぱあっと顔を綻ばせた。
「何と。わしらもご相伴に預かって良いのかの?」
「僕も一緒に食べてええの? 嬉しいなぁ〜」
ツルさんは驚きつつも嬉しげに頬を緩め、謙太もにこやかに食器を用意する。そうして知朗があと3皿のカレーを用意すると、謙太たち4人は輪になって腰を降ろした。
「いただきます!」
全員で元気に手を合わせてカレーを食べ始める。ルウから作ったが、慣れた知朗が手掛けたものなので不安は無く、どんどんと口に運んで行く。
「美味しい! やっぱりトモは料理上手やねぇ」
「カレーは一時期凝ったしな。どうだ太郎、旨いか? 隣のカレーと同じ味かは判らねぇが、よく一般の家庭で食われてるカレーだぜ」
「美味しい!」
太郎は2杯目と思えない勢いで手を動かしている。やんわりと下げられた目尻から嬉しさが溢れている様だった。
「本当に美味しいのう。こうぴりっと辛いのが何とも刺激的じゃあ。わしは生前もこんなハイカラなものを食べる機会はなかなか無かったんじゃが、まさかここで食べられるとはのう」
ツルさんも目を細めながら絶え間なくもぐもぐと口を動かしている。大好評で知朗はほっと胸を撫で下ろした。
さて知朗もカレーを口に含む。ルウからの手作りだが市販のものと遜色無く、むしろ味わいが良い。
スパイスのブレンドからしていたらもっと風味良くできただろうが、今の知朗には難しかった。だが充分香りが立っている。
フルーツトマトを使ったので、甘みもしっかりとあって酸味はほとんど感じない。飴色まで炒めた玉ねぎが、さらなる甘みと香ばしさを生み出している。
野菜は小さめにカットしてあるが、じゃがいもにはほくほく感、人参は柔らかくも噛み応えがあり、牛肉は切り落としを使ったお陰で柔らかく仕上がっていた。
「カレーは飲み物」なんて名言もあるが、みるみるご飯が消えて行く。そう多く無いカレーはあっという間に皆の胃袋に収まってしまう。太郎は満足げに「はぁ」と小さく息を吐いた。
「ごちそうさまでした」
「もう良いのか?」
「うん。お腹、いっぱい」
太郎はそう言ってお腹をさすって目を細めた。満足してもらえた様だ。本当に良かった。
知朗がいつもの様に頭を撫でてやると、太郎の身体からひらりと輝くものが溢れ始めた。
「太郎、行くんだな」
知朗が微笑んで言うと、太郎はにっこりと1番の笑顔を浮かべた。
「カレー、とてもおいしかった。僕は、僕のために作ってくれたものを、誰かとこうやって、食べたことがなかったから、それができたのが、とてもうれしかった」
太郎くんの姿が輝きとともに徐々に薄らいで行く。知朗はそれでも感触が失われていく太郎の頭を撫で続けた。
「俺らで良かったのか?」
「うん。とってもとっても嬉しかった。知朗お兄ちゃん、謙太お兄ちゃん、ツルお爺ちゃん、ありがとう」
「おう。太郎、お前は次は親に愛されて幸せになる。俺が断言する」
知朗が強く言い放つと、謙太とツルさんも「うん」と笑顔で頷く。
「うん。ありがとう、ありがとう」
太郎は顔をくしゃくしゃにして笑う。嬉しさや照れや、様々なものが入り混じっている様に見える、とても可愛らしい笑顔だ。
「オレンジジュース、美味しかった。小学校のお昼ご飯で時々出ていて、とっても美味しかった。でもここのはもっと美味しかった」
太郎が言うと、ツルさんが感極まった様にきゅっと目を閉じた。
「たくさんの、美味しいものを、ありがとう……!」
そう言い残して太郎は最高の笑みで消えて行った。知朗たちは太郎の姿形が消えた空間を優しい目で見つめる。
「行っちゃったねぇ」
「ああ。良かったぜ」
「本当に、本当に良かったのう」
ツルさんは声を裏返しながら目を潤ませている。
「ツルさん、また何泣いてんだよ」
知朗が苦笑すると、ツルさんは「だってのう、本当にのう、良かったのう」とシャツの胸ポケットからハンカチを取り出した。
「でも僕、ツルさんの気持ち解るで。ほんまに良かったと思うわぁ。トモや無いけど、次は絶対に幸せになれるで。今回こんなに辛い目に遭うたんやから、幸せになれな神さまを恨んでしまうわぁ」
謙太が言うとツルさんは「ほっほっほ」とおかしそうに笑った。
「そうじゃのう。神さんに祈りつつ太郎坊の幸せを願うかのう」
「よし、じゃあ残りのカレー食っちまおうぜ。つってもあと少しだけどな。ツルさんまだ食えるか?」
「少しじゃったら食べられるぞ。何とも美味しいカレーじゃ」
「太郎も旨いって言ってくれて良かったぜ」
「それが一番大事やったもんねぇ」
「ああ」
火を消したコンロに乗せられたご飯とカレーはなぜかまだ温かく、不思議だと思いながらも知朗は器にご飯をよそった。
太郎に父親はおらず、母親の暴力と暴言に晒されて育った。
泣けば怒鳴られ失敗をすればなじられ、食べるものもろくに与えられず、がりがりのちっぽけに育つしか無かった太郎を、周りの大人も我関せずだった。
小学校の担任も太郎の家庭には不介入だった。ゆえに太郎が良く知る大人というものは、自分に危害を及ぼす母親だけだったのだ。
「だから、大人は、怖いものだって、思ってた。だから、ここに来た時、怖かった。大人が、たくさんいたから」
太郎はまだ少し潤んだ目で鼻をすすりながら、一生懸命話してくれる。知朗は太郎の顔を割烹着の裾で拭いてやった。
「お洋服、汚して、ごめんなさい」
「気にすんな。こんなもん洗えば綺麗になるんだからよ」
知朗がけろっと言うと、太郎はほっとした様に緩やかに口角を上げた。
「でも、ここにいた大人たちは、みんな、にこにこして、僕と遊んでくれた。怖く無かった」
「楽しかったか?」
「うん、楽しかった」
太郎は嬉しそうに顔を赤らめた。
「良かったな」
「うん」
太郎はきゅっと目を閉じる。その時のことを思い出しているのか、口元がふわりと緩んだ。そんな太郎に言って良いものか知朗は逡巡したが、太郎に言い聞かせる様に口を開く。
「太郎、ほとんどの大人がそうなんだ。ほとんどの大人は子どもに、人に酷いことはしねぇ。子どもは時々残酷になることもあるが、そういうのも人生経験や、人との関わりを通じて変わって行くものなんだ。で、親になったら、ほとんどの人は子どもを大事にするもんなんだよ。もちろん子どもを産んだからって、無条件で親らしくなれるもんじゃ無ぇ。だから皆努力するんだ。太郎の母ちゃんがどう思って太郎を産んだのかは判らねぇ。けど、産んだら親になる責任が付いて来るんだ」
太郎は理解しているのかいないのか、だが素直な太郎は目を瞬かせながら懸命に聞こうとしている。
「太郎の母ちゃんはそれができなかった。だから太郎、お前は子どもとして母ちゃんを許さなくて良い。子どもだって親を拒めるんだぜ。けど太郎がそれでも母ちゃんが好きなら、慕ってるならそれで良い。許せるならそれで良いんだ」
太郎はこくりと頷いてぽつりと話す。
「お母さんを、嫌いには、なれない。でも、許すとか、許さないとかは、よく分からない。僕はただ、お母さんと、仲良くしたかっただけなんだ」
「そうだな。それが当たり前だ」
「でも、それができなかったから、僕が悪かったのかなって」
「それは違うぞ太郎。まずは親が子どもに手を差し伸べるんだ。そして子どもが伸ばした手を取るのが親ってもんだ。母ちゃんは太郎の手を取らなかった。それは悲しいことなんだ。太郎は悲しく無かったか?」
「……悲しかった。でも泣いてたら、どなられた。泣いたからだめだったのかな」
「辛かったり悲しかったら泣いても良いんだぜ。太郎の母ちゃんは親になれなかっただけなんだ。それには何か深い理由があったのかも知れねぇ。けどそんなことは子どもには関係無ぇからな」
太郎は考える様に下を向く。少ししてゆっくりを顔を上げた。
「許せるかどうかは、やっぱり分からないけど、許さないって思ったら、もやもやする」
「そうだな。そんな簡単なもんじゃ無ぇもんな。だったらそれで良いんだぜ。無理に気持ちを整理しなくて良い。太郎の気が済むまで考えたら良いんだ」
「良いの?」
「ああ。慌てることなんて無ぇぞ。ツルさんも謙太も俺も、他の大人たちも傍にいるからな」
「……うん」
太郎は今までで1番力強い返事をした。知朗は太郎の頭をくしゃくしゃと撫で、太郎はくすぐったそうに目を細めた。
「よし太郎、もっとカレー食うか? さっきのだけだと少なかっただろ」
「うん。食べたい。ありがとう」
「じゃあ待ってろな」
さっき太郎が使った器とスプーンは謙太が箱に入れてくれていたので、新しい食器を出す。ご飯もカレーも火を消しているのに、不思議と熱々のままだった。
食器にご飯を盛ってカレーを掛けると、太郎が待ち切れないと言う様に、コンロの前に立つ知朗の横に寄って来た。
「お、できたぜ。行儀良く座って食おうな」
「お兄ちゃんは、食べないの?」
「ん? 俺も食って良いのか?」
知朗が聞くと太郎はもじもじと恥ずかしそうに俯いた。
「……一緒に、食べたい」
「そうか。あ、じゃあさ、謙太兄ちゃんとツル爺ちゃんも一緒に食って良いか?」
すると太郎は「うん!」と嬉しそうにぱあっと顔を綻ばせた。
「何と。わしらもご相伴に預かって良いのかの?」
「僕も一緒に食べてええの? 嬉しいなぁ〜」
ツルさんは驚きつつも嬉しげに頬を緩め、謙太もにこやかに食器を用意する。そうして知朗があと3皿のカレーを用意すると、謙太たち4人は輪になって腰を降ろした。
「いただきます!」
全員で元気に手を合わせてカレーを食べ始める。ルウから作ったが、慣れた知朗が手掛けたものなので不安は無く、どんどんと口に運んで行く。
「美味しい! やっぱりトモは料理上手やねぇ」
「カレーは一時期凝ったしな。どうだ太郎、旨いか? 隣のカレーと同じ味かは判らねぇが、よく一般の家庭で食われてるカレーだぜ」
「美味しい!」
太郎は2杯目と思えない勢いで手を動かしている。やんわりと下げられた目尻から嬉しさが溢れている様だった。
「本当に美味しいのう。こうぴりっと辛いのが何とも刺激的じゃあ。わしは生前もこんなハイカラなものを食べる機会はなかなか無かったんじゃが、まさかここで食べられるとはのう」
ツルさんも目を細めながら絶え間なくもぐもぐと口を動かしている。大好評で知朗はほっと胸を撫で下ろした。
さて知朗もカレーを口に含む。ルウからの手作りだが市販のものと遜色無く、むしろ味わいが良い。
スパイスのブレンドからしていたらもっと風味良くできただろうが、今の知朗には難しかった。だが充分香りが立っている。
フルーツトマトを使ったので、甘みもしっかりとあって酸味はほとんど感じない。飴色まで炒めた玉ねぎが、さらなる甘みと香ばしさを生み出している。
野菜は小さめにカットしてあるが、じゃがいもにはほくほく感、人参は柔らかくも噛み応えがあり、牛肉は切り落としを使ったお陰で柔らかく仕上がっていた。
「カレーは飲み物」なんて名言もあるが、みるみるご飯が消えて行く。そう多く無いカレーはあっという間に皆の胃袋に収まってしまう。太郎は満足げに「はぁ」と小さく息を吐いた。
「ごちそうさまでした」
「もう良いのか?」
「うん。お腹、いっぱい」
太郎はそう言ってお腹をさすって目を細めた。満足してもらえた様だ。本当に良かった。
知朗がいつもの様に頭を撫でてやると、太郎の身体からひらりと輝くものが溢れ始めた。
「太郎、行くんだな」
知朗が微笑んで言うと、太郎はにっこりと1番の笑顔を浮かべた。
「カレー、とてもおいしかった。僕は、僕のために作ってくれたものを、誰かとこうやって、食べたことがなかったから、それができたのが、とてもうれしかった」
太郎くんの姿が輝きとともに徐々に薄らいで行く。知朗はそれでも感触が失われていく太郎の頭を撫で続けた。
「俺らで良かったのか?」
「うん。とってもとっても嬉しかった。知朗お兄ちゃん、謙太お兄ちゃん、ツルお爺ちゃん、ありがとう」
「おう。太郎、お前は次は親に愛されて幸せになる。俺が断言する」
知朗が強く言い放つと、謙太とツルさんも「うん」と笑顔で頷く。
「うん。ありがとう、ありがとう」
太郎は顔をくしゃくしゃにして笑う。嬉しさや照れや、様々なものが入り混じっている様に見える、とても可愛らしい笑顔だ。
「オレンジジュース、美味しかった。小学校のお昼ご飯で時々出ていて、とっても美味しかった。でもここのはもっと美味しかった」
太郎が言うと、ツルさんが感極まった様にきゅっと目を閉じた。
「たくさんの、美味しいものを、ありがとう……!」
そう言い残して太郎は最高の笑みで消えて行った。知朗たちは太郎の姿形が消えた空間を優しい目で見つめる。
「行っちゃったねぇ」
「ああ。良かったぜ」
「本当に、本当に良かったのう」
ツルさんは声を裏返しながら目を潤ませている。
「ツルさん、また何泣いてんだよ」
知朗が苦笑すると、ツルさんは「だってのう、本当にのう、良かったのう」とシャツの胸ポケットからハンカチを取り出した。
「でも僕、ツルさんの気持ち解るで。ほんまに良かったと思うわぁ。トモや無いけど、次は絶対に幸せになれるで。今回こんなに辛い目に遭うたんやから、幸せになれな神さまを恨んでしまうわぁ」
謙太が言うとツルさんは「ほっほっほ」とおかしそうに笑った。
「そうじゃのう。神さんに祈りつつ太郎坊の幸せを願うかのう」
「よし、じゃあ残りのカレー食っちまおうぜ。つってもあと少しだけどな。ツルさんまだ食えるか?」
「少しじゃったら食べられるぞ。何とも美味しいカレーじゃ」
「太郎も旨いって言ってくれて良かったぜ」
「それが一番大事やったもんねぇ」
「ああ」
火を消したコンロに乗せられたご飯とカレーはなぜかまだ温かく、不思議だと思いながらも知朗は器にご飯をよそった。