「――そっか。香葉ちゃんはまだ知らなかったのね」
橘さんが言葉を吐く。しかし独り言のようだった。私はただ少し首を傾げた。彼女は一口紅茶を飲むと、目線を落としたまま口を開いた。
「花も眠るのよ」
そっと取り上げたジャスミンのクッキーを小さく割って、口に運んだ。サクリ、と軽い音が響く。
「冬眠するでしょう、動物さんたちも。……花も一緒なのねえ」
カチャリ、と置かれたカップの中身は、もう湯気を立てていない。それを探すかのように、私はじいっと見つめていた。何も言わずに、ただ、そうしていた。
「――身を潜めるように生きてる私たちも、きっと……形は違えど、眠っているのかもしれないわねえ」
最後にそう言った橘さんは、笑っていなかった。でもとても優しくて、少しだけ、くすぐったいような、眠そうな顔で、彼女はティーカップを見つめていた。
冬も本格的に始まった。普段色とりどりの花に囲まれたそこは、ひっそりと息を潜めている。春が来て、再び芽吹くのを待つように。土に包まれて眠っている。
彼は一人、そこに座っていた。だがその目はどこにも向けられていない。まるで動かずじっと、目を瞑って瞑想しているようだった。
だがその口元には、小さく笑みが浮かべられている。それだけで、なぜだか温かい風が吹いてくるようだった。
彼はそっと目を開ける。目の前に置かれたネックレスに目をやって、少し眉間にしわを寄せる。一瞬だけ苦しそうに息を吐いて、それを拾い上げ、首にかけた。
シャラリ、と音が鳴る。だが彼の耳には届かない。まだ、彼を揺らがせることはできなかった。その代わりに、再び瞬きした彼の瞳に、小さな炎を宿す。
揺らぐ炎は、ひどく澄んでいて……汚い色をしていた。
ひゅう、と風が吹いていく。カタカタとなる木製の扉。まるで光のない夜だった。星も月も出ていない。薄暗く、灰色の雲が空を覆っている。
そこに、一人の男がやってきた。スーツを着て、猫背になって、寒そうにコートを抑えながら、そっと店に目をやった。
その彼は、しばらく立ち止まって、まるで惹かれているかのように、じいっと宵花屋を見つめていた。だが、やがて諦めたように白いため息を吐いて、夜の住宅街に去っていく。
風が止んで、男の姿が見せなくなった頃。微かにため息が聞こえた。そしてひっそりと店に、光が宿る。オレンジ色の、電球の光だ。
橘さんが言葉を吐く。しかし独り言のようだった。私はただ少し首を傾げた。彼女は一口紅茶を飲むと、目線を落としたまま口を開いた。
「花も眠るのよ」
そっと取り上げたジャスミンのクッキーを小さく割って、口に運んだ。サクリ、と軽い音が響く。
「冬眠するでしょう、動物さんたちも。……花も一緒なのねえ」
カチャリ、と置かれたカップの中身は、もう湯気を立てていない。それを探すかのように、私はじいっと見つめていた。何も言わずに、ただ、そうしていた。
「――身を潜めるように生きてる私たちも、きっと……形は違えど、眠っているのかもしれないわねえ」
最後にそう言った橘さんは、笑っていなかった。でもとても優しくて、少しだけ、くすぐったいような、眠そうな顔で、彼女はティーカップを見つめていた。
冬も本格的に始まった。普段色とりどりの花に囲まれたそこは、ひっそりと息を潜めている。春が来て、再び芽吹くのを待つように。土に包まれて眠っている。
彼は一人、そこに座っていた。だがその目はどこにも向けられていない。まるで動かずじっと、目を瞑って瞑想しているようだった。
だがその口元には、小さく笑みが浮かべられている。それだけで、なぜだか温かい風が吹いてくるようだった。
彼はそっと目を開ける。目の前に置かれたネックレスに目をやって、少し眉間にしわを寄せる。一瞬だけ苦しそうに息を吐いて、それを拾い上げ、首にかけた。
シャラリ、と音が鳴る。だが彼の耳には届かない。まだ、彼を揺らがせることはできなかった。その代わりに、再び瞬きした彼の瞳に、小さな炎を宿す。
揺らぐ炎は、ひどく澄んでいて……汚い色をしていた。
ひゅう、と風が吹いていく。カタカタとなる木製の扉。まるで光のない夜だった。星も月も出ていない。薄暗く、灰色の雲が空を覆っている。
そこに、一人の男がやってきた。スーツを着て、猫背になって、寒そうにコートを抑えながら、そっと店に目をやった。
その彼は、しばらく立ち止まって、まるで惹かれているかのように、じいっと宵花屋を見つめていた。だが、やがて諦めたように白いため息を吐いて、夜の住宅街に去っていく。
風が止んで、男の姿が見せなくなった頃。微かにため息が聞こえた。そしてひっそりと店に、光が宿る。オレンジ色の、電球の光だ。
