あなたの死に花束を。

 橘さんが微笑みながらそっとカードを取り上げる。私に見せるようにして差し出されたそれには一文だけが記されていた。
『――春待つ種たちへ。寒さに凍り付かぬように。また、雪に埋もれてしまわぬように。あなた方にふさわしい、花言葉を。』
細くて流れるような文字だ。
ぐっと唾を飲み込んだ。橘さんはそれを細い指で軽く裏っ返す。まさか、とは思っていた。
 ――宵花屋店主、高草木紫陽――。
 文字を目で追ってから、橘さんへゆっくりと視線を戻す。彼女は驚いた様子も見せずに、微笑んだまま言った。
「紫陽くんがね、この間これを送ってくれたらしくて」
 よく見て、とカードを脇に置いてから、指さす。その先の白い花。
「これはジャスミン。私が大好きな花ね。それからこれは、見てわかる通りバラね。オーソドックスな赤いバラみたい。それからこれは――」
 サンダーソニア、ナデシコ、ラベンダー。それからもう一つ。
「とけい、そう」
 トケイソウ。和名も同じ、時計草。細くて、まるで時計みたいな花の形から、そう呼ばれるようになったっていう、花。
 クッキーにすると、ただの時計でしかなくなって、なんだかおかしい。そっと、取り上げたら、なんだか笑えてきた。
「……これ、ピアスに込められてる花よね」
 橘さんが遠慮がちに聞いてくる。だが困った様子もなく、ただにっこりと笑っていた。私も同じように笑った。
 だけどその口で、はい、とは言えなかった。まだ、認める気にはならなかった。だから私は取り上げたそれを口に入れる。
 サクリ、サクサク、サク……――。
 口の中に広がる香りなんて気にせずに、黙々と口を動かした。まだ咀嚼しているところに、ゆっくりと紅茶を流し込む。
 喉の奥を通り過ぎていく感触にふと、店の事を思い出した。
「……やっぱり店、閉めちゃったんですかね」
 徐に口を開くと、ティーカップに指をそっと絡めていた橘さんは、手を止めた。じいっと私を見つめて、「どうして?」と問う。
 一瞬躊躇したが、緩く首を振って、私は口にした。
「バイト辞めてから、一度だけ店に行ったんですけど空いてなくて。定休日でもないのに花、置いてないし。よく見たら中も、すっからかんで。……張り紙とかは、なかったけど」
 しばしの沈黙が二人の間を過る。ティーカップから立つ白い湯気が、すうっと空気中に溶けていくのを眺めていた。