あなたの死に花束を。

 気付けば走っていた。まさか、なんて思いながら、それでも走った。耳がとがった空気に痛むのも気にせず、吐いた息を横目に。
だがそこにあったのは、ただの白いワゴン。それも、店の物より一回り小さい。思わずホッと息を吐く。よくよく確認しても、店のロゴは入っていなかった。
 なんだかなあ、と苦笑しながら車を見ていると、突然ガチャッと扉が開かれた。そこからひょっこりと顔を出したのは、橘さんだった。
「――あら、香葉ちゃん?」
 驚いたように目を見開いて、彼女が言う。私はふっと目を細めて「あ、こんばんは」と挨拶するが、彼女はそそくさと出てくるなり私の手首をつかむ。
 ふわり、と香った花の匂いが、ああ橘さんだ、となぜか安心した。
「身体冷えちゃってるじゃない。早く中入りなさい、風邪ひいちゃうわ」
 半ば強引に家の中に連れ込まれる。抵抗する間もなく、てきぱきと私を居間へと案内して、あっという間にキッチンに消えた。
 ようやく落ち着いて辺りを見回す。相変わらず飾られている花は多い。しかし何か違和感があった。足りないような気がして、首を傾げる。
 そこに、カチャカチャと小さな音を立ててティーセットを持ってきた橘さんは、微笑みながら私の前にティーカップを差し出す。
「はい。今日は蜂蜜入りカモミールティーよ」
 薄緑色の水色が揺れる。すん、と鼻に香ったそれが、確かに蜂蜜のような重みを持っているようだった。少しだけ眉間にしわが寄る。
「……ありがとうございます」
 お礼を口にして受け取った。手のひらからじんわりと熱が伝わってきて、自然と口元が綻ぶ。息を吹きかけ、そっと口を付けた。
爽やかでありながら甘い香りが口の中に広がる。蜂蜜もちゃんとそこにいた。だが、単体のくどさはなく、さっぱりとした味だ。蜂蜜らしからぬ奥ゆかしさだった。
 当人には絶対に言えないが、コーヒー牛乳よりずっと口に合っている。
 綾芽さんに心の中で謝っていると、橘さんが、そっと私の前にクッキーの缶を置いた。
「これね、頂き物なの。よかったらどうぞ」
 そう言って蓋に手をかける。カコン、と外れる音と共に、顔を覗かせたのは、ずいぶん可愛らしい花の形をしたものだった。……だが、その上に薄桃色の紙が載せられていた。
「メッセージカード……」