ノック後、部屋に入ると、綾芽は呆れ、困った顔をして振り返った。その顔色は以前より良い。最近は眠れているのか、目の下のクマも薄れている。
相変わらずの嫌味な言い方に、私は苦笑する。「……あながち間違いでは、ないですね」自分で言うのは照れ臭い。が、それでも言うのは私なりの覚悟だ。
だが綾芽さんは、ふっと微笑んだ。「まあいいけどね」と軽く言いながら場所を開けてくれる。その優しく細められた目は、菖蒲とよく似ていた。
ぐっと込み上げた何かが、喉の奥で膨れ上がる。
「飲み物買ってくるから。……菖蒲に話しかけてやって」
彼女はそう言って、財布を手に去っていく。遠ざかる足音と共に扉が閉まった時、私は彼に向き直ってじいっと、その顔を見つめた。
綺麗に染められていた髪はすっかり色が落ちていた。プリン頭とはよく言ったもんだ。色白だった彼の頬は、前よりも青ざめているように見える。
瞳はただ細く、閉じられていた。
だが彼は、安らかに眠っているようだった。普段からふわふわとした空気をまとっていた彼だが、眠っているとさらに柔くて、消えてしまいそうだった。
それが最初、怖かった。
彼は良くも悪くも善良で、お人好しで、何かと損するような人だった。でもすごくキラキラと輝いていた。だから彼は、人に好かれていた。良くも悪くも、恵まれた人だ。
出会いとかは大したことじゃない。友人みたいなものから、いつからか特別になっていた。それだけだ。
ちょっとだけ違うのは、昔ながらのプロポーズみたいに、小さな花束を差し出しながら告白してくれたことだろう。ひどく恥ずかしいけど、王道で真っ直ぐだ。彼らしい、と今でも時々思い出して、苦笑する。
その頃からだろうか。彼の好きな花を好きになった。
特別な花ができたとか、花言葉を覚えられた、なんてことはなかったけど、彼は花にまつわる話はいつでも子供みたいにはしゃいで語る。それを見るのが大好きだった。
「――そろそろ起きなよ、菖蒲」
付き合って、約一年と半年。だけど後半の半年、彼は眠り続けている。
「……あのね、私。宵花屋でバイト、したんだよ」
もう何度目かもわからない。彼を前にするたびに言った。「……花屋って面白いね。知らなかったな」特別何かあったわけじゃない。ただ日常の話。
相変わらずの嫌味な言い方に、私は苦笑する。「……あながち間違いでは、ないですね」自分で言うのは照れ臭い。が、それでも言うのは私なりの覚悟だ。
だが綾芽さんは、ふっと微笑んだ。「まあいいけどね」と軽く言いながら場所を開けてくれる。その優しく細められた目は、菖蒲とよく似ていた。
ぐっと込み上げた何かが、喉の奥で膨れ上がる。
「飲み物買ってくるから。……菖蒲に話しかけてやって」
彼女はそう言って、財布を手に去っていく。遠ざかる足音と共に扉が閉まった時、私は彼に向き直ってじいっと、その顔を見つめた。
綺麗に染められていた髪はすっかり色が落ちていた。プリン頭とはよく言ったもんだ。色白だった彼の頬は、前よりも青ざめているように見える。
瞳はただ細く、閉じられていた。
だが彼は、安らかに眠っているようだった。普段からふわふわとした空気をまとっていた彼だが、眠っているとさらに柔くて、消えてしまいそうだった。
それが最初、怖かった。
彼は良くも悪くも善良で、お人好しで、何かと損するような人だった。でもすごくキラキラと輝いていた。だから彼は、人に好かれていた。良くも悪くも、恵まれた人だ。
出会いとかは大したことじゃない。友人みたいなものから、いつからか特別になっていた。それだけだ。
ちょっとだけ違うのは、昔ながらのプロポーズみたいに、小さな花束を差し出しながら告白してくれたことだろう。ひどく恥ずかしいけど、王道で真っ直ぐだ。彼らしい、と今でも時々思い出して、苦笑する。
その頃からだろうか。彼の好きな花を好きになった。
特別な花ができたとか、花言葉を覚えられた、なんてことはなかったけど、彼は花にまつわる話はいつでも子供みたいにはしゃいで語る。それを見るのが大好きだった。
「――そろそろ起きなよ、菖蒲」
付き合って、約一年と半年。だけど後半の半年、彼は眠り続けている。
「……あのね、私。宵花屋でバイト、したんだよ」
もう何度目かもわからない。彼を前にするたびに言った。「……花屋って面白いね。知らなかったな」特別何かあったわけじゃない。ただ日常の話。
