あなたの死に花束を。

 窓に目をやると、ちょうど鳥が飛び去るところだった。バサバサっと飛び去る音を聞きながら、ゆっくりベッドから降りる。
 ふわり、と香るのは、サイドテーブルに飾ってあるラベンダーの匂い。
 途端に頭に浮かぶのは、店主とあの宵花屋。だが軽く頭を振って追い出す。もう、私には関係のないことだから。
 適当に服を選んで着替え、最後には両耳にピアスを通す。シャラ、となる鎖。鏡で一応の確認をしてから、扉を開けた。
 階段下では何やらバタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。のぞき込むように降りていけば、母が靴を履くのに手間取っている姿が目に飛び込んできた。
「……おはよ」
 小声で声をかける。母が勢いよく振り返った。その反動で一つに結われた髪が撥ねる。
「ああ、おはよ~。ごめん、私仕事行くから。ご飯適当に食べて」
 何か言う前に、さっさと言葉が紡がれる。ただ相槌を打つように「うん」とだけ返した。少しだけ棘のある声が、やはり苦手だった。
 私の不満げな表情には気付かずに、彼女は続ける。
「あとできれば洗濯物、干しといて」
 言い終える頃には靴を履き終えていた。視線を外し立ち上がって、シューズボックスの横に書けてある鏡で服と髪を整えた。慣れた手付きだ。迷いがなかった。
「わかった」
 了承の意を示せば、やっと彼女は微笑む。作ったような、ぎこちない笑み。何度見たことだろう。もはや微笑み返すこともなくなった。
「じゃ、行ってきます」
 ひどく言いにくそうにそう言って、返事を求めず私に背を向けた。すかさず「いってらっしゃい」と、返すが、その頃にはもう扉が閉まりかけている。
 はたして届いたのか。……別に、然程大事なことでは、ないけれど。
 ガチャン、と扉が閉められる。私と母を隔てたそれが、思考を止めた。有難かった。
見送った後、私はリビングに入った。さっきから小さな声が聞こえる、と思っていたが、テレビがつけっぱなしになっている。
 ため息を吐いたが、消さずに朝食を準備して食べ始めた。ニュースが時折、耳に届く。
「――今日は一日晴れが続くでしょう」
 すがすがしい笑みを浮かべて、白い息を吐いている。……それなりに寒そうだ、と身震いした。これから外に出たいとは思えない。