あなたの死に花束を。

 配達を終えて、店に戻ってきた。時刻はまだ夜に入る前だとしても、すでに辺りは真っ暗闇だ。だが、吹いてくる風が冷たくも、優しさを孕んでいるように思えた。
「さあて、店じまいしようか~」
 言いながら店主は、作業台に置いていた書類や図鑑、ハンドメイドで使う道具を丁寧に拭っていく。淡く光るシルバーが、それに特別お金をかけているのを感じさせた。
 店の扉に手をかけたまま、私は店主をじいっと見つめていた。
 透き通るような白い肌。茶色く癖のある髪。垂れ目は子供みたく澄んでいる。女性人気高いイケメンで、いつ見てもやはり、表舞台にいるべき人間だ。
 ただ、花屋だからこそ纏える陰のある空気が、店主らしいとも思った。
 ふと、彼が視線に気付いてこちらに目をやる。どうした? と首を傾げて、薄く浮かべた笑み。私はゆっくりと彼に向き直る。
深呼吸して、それから――。
「……バイト、やめさせてください」
 意外にもすんなり声が出た。少しだけ早くなった鼓動。言ってしまった後悔よりも先にホッと、ため息が漏れた。噛みしめた口は、もう血がにじむこともない。
 彼はふっと笑みを消した。だが驚いたようでもなく「……ふうん」と静かに口を動かした。
「うん、いいよ~」
 あっさりと彼は言った。珍しく笑顔ではないが、調子はまるで変わらない。つい、首を傾げる。拍子抜けまではいかないが、言葉に詰まる。
「……驚かないの?」
 じいっと観察するように彼を見る。店主は、しばらくじっと私の目を見返していたが、ふいに外して作業を再開した。「そりゃあ、少しは驚いたよ。礼儀がなってないところとかにねえ」と、軽く言いながら、最後のハサミを手に取った。
 だがそれはしまわれず、彼の手で留まる。
「でもそれは小さなことだった。……いつの間にか咲いてたんだねえ、小種ちゃんの花」
 ずいぶんきれいじゃあないか、と呟いて、ハサミをそっと撫でた。店主の撫でたところには、小さな黒い字が書かれている。近くで何度も見た字だ。――河原菜恵。
「……あのさ、店主。最後に利きたいんだけど、この河原さんって、誰?」
 アルバイト採用されてから、今日でまだ二か月。研修期間だとは理解していた。だから、別の人の道具を使うことにも、抵抗はなかった。