あなたの死に花束を。

 まだ小さな声だった。だが彼女にはしっかりと届いていた。ぐっと言葉に詰まらせたように唇を噛む。それでも、何も言わなかった。
 しばらく、じいっと見つめ合っていた。何かを言いたくて、でも言えないような表情を繰り返す彼女。私は一つ、言葉を吐いた。
「……今でも、あの日彼が……菖蒲が事故に遭ったのは、私のせいだと思ってますか」
 意味はない。私のせいだとか、そうじゃないとか、そんなこときっとこの人には関係ないのだ。だけどやはり、はっきりさせたかった。
 ふと、店主の手が止まるのを感じた。だけど彼は何も言わない。眠り続ける菖蒲も、眉一つ動かさない。彼女は、ゆっくりと視線を私からそらす。
「――思って、ないわよ」
 それは一つの告白だった。
「菖蒲がこうなったのは、あんたのせいじゃない。わかってるわよ、そんなこと。……だからこそ、イラつくんじゃない。
 あの時のバカは捕まったし、被害者が菖蒲だけじゃないことも知ってる。とっくに冷静に考えられるくらい、時間も経った」
 そこで一度言葉を止めた彼女は、ふう、とため息を吐く。「それでも、よ」と呟く声に、ふわり、と花びらが落ちる音が重なった。
「それでも私はあんたが嫌いよ。だってあんたがあの時菖蒲と一緒に居たら、菖蒲は道路に飛び出して、人を助けることだってしなかったかもしれない。そもそもそんなところに遭遇することも、なかったかもしれないの」
 願いともつかない、小さな可能性だった。大切な家族が傷ついて、きっとそんな妄想に頼るしかなかったんだと思ったら、胸が締め付けられるようだった。
 だけど、きっとここで謝ったら、今までときっと変わらない。だから私は、ただ彼女に行った。
「……ありがとう、ございます。教えてくれて」
 彼女はまた私に視線を戻した。その目はもう、怒りで釣り上がってはいない。困ったようにゆらゆらと、水を溜めている。
 それがふと、細められた。彼女はほんの少しだけ、笑っていた。
「あんたってバカよね、ほんと」
 ぽろっと零れ落ちた雫が、リノリウムの床をほんのり温める。それだけでもう、十分だ。
 誰を、なんて無粋なことは聞かない。代わりに私は、まだまだぎこちないながらも、彼女に微笑みかける。
「――また、来ます。今度はちゃんと、お見舞いの花を持って」
 病室に吹いてきた風は、熱で火照った体をゆっくりと冷やしていく。