それから、本当に他愛のない話を少しした後、私と橘さんは別れた。高揚感の残り香が、寂しさを感じさせないやり取りだった。
数日。私は普通に大学で講義を受け、それなりにいる友達と食べに行ったり話したりする日々を過ごした。それから一度だけ、病院にも行った。この時はバスで、お姉さんのいない時間を見計らって。
バイトがない分時間は有り余って、ちょっとだけ家族との団欒も楽しんでみた。珍しいと目を見開いた両親だったが、何も聞いては来ない。ただ一時でも楽しむように、笑っていた。
店主から言い渡された一週間の休みが終わった日。私は大学の講義を休んで、宵花屋の前に立った。
もはや秋とは言えない空気が世界を包んでいるようだった。服装も、冬服に切り替わろうとしている。段々と、秋の温かさも過去になる。
その中を彼は店前で、腕を組んで寄り掛かるように立っていた。待っていた、とでも言わんばかりに口角を上げてこちらを見ている。
「やあ、久しぶり。元気だったかい? 枯れては……なさそうだねえ」
ややあって彼は言った。彼の首にかけられたネックレスが、灰色の空を反射する。
「……うん」
私の返事は、自分でどうかと思うくらい、素っ気なかった。でもそれが、店主にとっては答えだった。
彼は、ふっと笑って、肩にかけていたトートバッグを私に差し出す。それは配達の時に持ち歩いていた、店の物だ。
「……配達、行くの?」
聞き返したのは、若干揺らいでいたからかもしれない。人間そう簡単に買われないものだから、仕方ない。
店主は言った。
「ああ。今度はきっと、肥料になってくれるだろうから……ね」
前よりも時間をかけて、病院の駐車場に入り、前よりもしっかりと地を踏みしめるような足取りで、菖蒲の眠る病室に来た。
コンコンコン、とノック音が廊下に小さく響いた。この間同様、「……どうぞ」と女性の声がする。
開けた扉から飛び出す光は相変わらず白すぎて眩しい。だが店主の後について思い切り踏み込んだ。今度は彼の背に隠れはしない。
病室に入ってきた私たちを、睨みつける彼女。店主は突然空気になったみたく、すうっと私から離れて仕事に取り掛かる。
その間に彼女は私へ詰め寄った。「来るな、って言ったのに」と、どす黒い沼のように低い声だ。だけど私は、彼女を睨み返す。
「……すみません。仕事、なので」
数日。私は普通に大学で講義を受け、それなりにいる友達と食べに行ったり話したりする日々を過ごした。それから一度だけ、病院にも行った。この時はバスで、お姉さんのいない時間を見計らって。
バイトがない分時間は有り余って、ちょっとだけ家族との団欒も楽しんでみた。珍しいと目を見開いた両親だったが、何も聞いては来ない。ただ一時でも楽しむように、笑っていた。
店主から言い渡された一週間の休みが終わった日。私は大学の講義を休んで、宵花屋の前に立った。
もはや秋とは言えない空気が世界を包んでいるようだった。服装も、冬服に切り替わろうとしている。段々と、秋の温かさも過去になる。
その中を彼は店前で、腕を組んで寄り掛かるように立っていた。待っていた、とでも言わんばかりに口角を上げてこちらを見ている。
「やあ、久しぶり。元気だったかい? 枯れては……なさそうだねえ」
ややあって彼は言った。彼の首にかけられたネックレスが、灰色の空を反射する。
「……うん」
私の返事は、自分でどうかと思うくらい、素っ気なかった。でもそれが、店主にとっては答えだった。
彼は、ふっと笑って、肩にかけていたトートバッグを私に差し出す。それは配達の時に持ち歩いていた、店の物だ。
「……配達、行くの?」
聞き返したのは、若干揺らいでいたからかもしれない。人間そう簡単に買われないものだから、仕方ない。
店主は言った。
「ああ。今度はきっと、肥料になってくれるだろうから……ね」
前よりも時間をかけて、病院の駐車場に入り、前よりもしっかりと地を踏みしめるような足取りで、菖蒲の眠る病室に来た。
コンコンコン、とノック音が廊下に小さく響いた。この間同様、「……どうぞ」と女性の声がする。
開けた扉から飛び出す光は相変わらず白すぎて眩しい。だが店主の後について思い切り踏み込んだ。今度は彼の背に隠れはしない。
病室に入ってきた私たちを、睨みつける彼女。店主は突然空気になったみたく、すうっと私から離れて仕事に取り掛かる。
その間に彼女は私へ詰め寄った。「来るな、って言ったのに」と、どす黒い沼のように低い声だ。だけど私は、彼女を睨み返す。
「……すみません。仕事、なので」
