あなたの死に花束を。

 私のせいで、私のせいでこの子が――。
 あの時の叫び声と、惨状がありありと浮かんで、ぎゅう、と眉間に寄ったしわをつまむ。
 彼女は続けた。
「ひどく取り乱す私をどうにか正気に戻してくれたのは、紫陽くんだった。
目の前に飛び出した彼を弄ぶように引きずる男性たち。それでもバッグを手放さないでいてくれたの。
 意識を手放すその瞬間まで、バッグを私に返そうと這いずってきて。
 そこに遅れてきたのが紫陽くんで、彼が病院に運ばれていくのを見送った後、教えてくれたのよ。協力してくれないか、って」
 はあ、と大きく息を吐いた彼女の手は、怖いくらい震えていた。ガタガタと揺れるその手を、私はそっと握りしめる。
 彼女の手に握られたままのピアスも一緒に閉じ込めるように、包み込んだ。
 何も、言えなかったわけじゃない。でも、何も言う必要は、ない気がした。
 しばらくして、遠くを走っていた子供たちが、自転車に乗ってどこかへと走り去っていった。
その後ろを追いかける主婦さんたちも、彼らがいなくなった後に飛び降りてきた鳥も、どことなく満足気に歩いている。
 風は止んでいた。風に揺られて囁いていた木々も大人しく、ピアスも揺れない。
 ふと橘さんが、顔を上げた。目はずいぶん澄んでいて綺麗だ。
「以前、お茶をした時のこと、覚えてるかしら?」
 あの、自己紹介したあとのこと。
 言われてから、頷く。「それは、もちろん」よく覚えていた。突然巻き込まれたと思ったら、捕まってお茶を飲んだのだから、早々忘れることはない。
 橘さんはふふっと面白そうに笑って、それからそっと、私の手を解く。
「あの時私、紫陽くんに言われた通り、花を嫌っていたのよ。ジャスミンを、憎らしい花だ、と思っていたの」
 でも、今はそんなことないわ。だって――。
 解いた手を放さず、代わりに持っていた彼のピアスをそっと置いた。キラっと光を反射する。……温かかった。
「他でもないジャスミンが私を正気に戻してくれたんだもの」
 照れ臭そうにそう言って笑う彼女。でも肝心な言葉を聞いていない。私は笑いながらも、首を傾げて問う。「……それは、つまり?」と。
 橘さんは、やはり少女みたいに無邪気に微笑んで言った。
「ジャスミンが大好き、ってこと」
 ふわり、と彼女から漂う甘くてみずみずしい、花の香りが、笑う私の頬をそっと撫で行く。