「一つはさっきの。毎週必ず花束を届けるもの。これにはさすがに首を傾げてしまったけどねえ」
理由は聞かなかった、と彼は言った。だからなぜそれを依頼したのかはわからない。でもそれはさして重要ではないだろう、と。
私にとっても、もう一つが重要だったから、コクリ、と頷いて返した。店主も同じようにうなずいて、また口を開いた。さっきよりも若干、重そうだ。
「もう一つは――もうわかるだろう、小種ちゃん」
店主は軽く右耳を、ちょいちょい、と指さした。彼を鏡だと思えば、指しているものは自ずと理解する。
「……私は…………」
小さくつぶやいたものの、言葉が出てこない。まだ、なんとも言えないのだ。店主の話も、今日の配達も。……彼の残した、ピアスの意味も。
しばし沈黙が訪れる。恐ろしくゆっくりと時間が過ぎていった。
店主は日が完全に落ちるその瞬間まで、ただ私をじいっと見つめていた。微動だにせず、私から言葉が発されるのを、答えを待つかのように、そこにいた。
だが、結局私は何も言わなかった。この日は本当に、混乱が頭を占めていた。考えるだけで、精いっぱいだったのだ。
とっぷりと夜に使った病院前の駐車場。彼は、ふっと瞬きする。数度繰り返した後、私に向けられたのは、笑顔だった。
「――ああ。そろそろ、店に帰らないといけないなあ」
ある種の恐怖を感じさせるその笑みが、今はただ救いとなっていたのが、皮肉に思える。つい、「……店主」と口を動かせば、それは安堵故のため息と混じってかすんだ。
ようやっと開かれた車の扉から、中に身体半分を入れた店主が、中途半端に止まって振り返った。病院を照らすライトの漏れが、彼の眼鏡に反射する。
「そうだ! 言い忘れてたんだけど、明日から一週間休業予定なんだ~。だから店には来なくていいからねえ」
徐に紡がれた言葉を、すぐに理解ができなかった。慌てて「え、いや、なんで」と聞き返した。
店主は、にっこりと営業スマイルを浮かべて、説明するように口を動かした。
「嬉しいだろう? 長期休み。……ああ、嫌だったのなら、失敗したペナルティだと思えばいいさ。あとはまあ、俺の事情だからね。あんまり深く考えなくていいよ。人間休みも大事にしないといけないからねえ。それでなくても、結構こき使っちゃったことは、申し訳なく思っているんだよ」
理由は聞かなかった、と彼は言った。だからなぜそれを依頼したのかはわからない。でもそれはさして重要ではないだろう、と。
私にとっても、もう一つが重要だったから、コクリ、と頷いて返した。店主も同じようにうなずいて、また口を開いた。さっきよりも若干、重そうだ。
「もう一つは――もうわかるだろう、小種ちゃん」
店主は軽く右耳を、ちょいちょい、と指さした。彼を鏡だと思えば、指しているものは自ずと理解する。
「……私は…………」
小さくつぶやいたものの、言葉が出てこない。まだ、なんとも言えないのだ。店主の話も、今日の配達も。……彼の残した、ピアスの意味も。
しばし沈黙が訪れる。恐ろしくゆっくりと時間が過ぎていった。
店主は日が完全に落ちるその瞬間まで、ただ私をじいっと見つめていた。微動だにせず、私から言葉が発されるのを、答えを待つかのように、そこにいた。
だが、結局私は何も言わなかった。この日は本当に、混乱が頭を占めていた。考えるだけで、精いっぱいだったのだ。
とっぷりと夜に使った病院前の駐車場。彼は、ふっと瞬きする。数度繰り返した後、私に向けられたのは、笑顔だった。
「――ああ。そろそろ、店に帰らないといけないなあ」
ある種の恐怖を感じさせるその笑みが、今はただ救いとなっていたのが、皮肉に思える。つい、「……店主」と口を動かせば、それは安堵故のため息と混じってかすんだ。
ようやっと開かれた車の扉から、中に身体半分を入れた店主が、中途半端に止まって振り返った。病院を照らすライトの漏れが、彼の眼鏡に反射する。
「そうだ! 言い忘れてたんだけど、明日から一週間休業予定なんだ~。だから店には来なくていいからねえ」
徐に紡がれた言葉を、すぐに理解ができなかった。慌てて「え、いや、なんで」と聞き返した。
店主は、にっこりと営業スマイルを浮かべて、説明するように口を動かした。
「嬉しいだろう? 長期休み。……ああ、嫌だったのなら、失敗したペナルティだと思えばいいさ。あとはまあ、俺の事情だからね。あんまり深く考えなくていいよ。人間休みも大事にしないといけないからねえ。それでなくても、結構こき使っちゃったことは、申し訳なく思っているんだよ」
