あなたの死に花束を。

 私も遅れて出ようと、扉に手をかけた時、後ろから感じる視線に思わず振り返る。彼女と目が合って、すぐそらされたとき、視界に菖蒲の顔が映って、私もすぐ、目をそらした。
「……冷静でいられるわけ、ないじゃないの」
 その呟きはきっと、独り言だったのかもしれない。だけどなぜか、胸の辺りが痛んだ。

 再び受付を通り過ぎ、病院を出る。もうそろそろ面会時間も終わりが来る頃だ。その頃にはすでに外はオレンジ色、というよりは灰色で、冬が来ることを切に知らせている。
「……店主、なんで菖蒲を知ってるの」
 車に手をかけて運転席に乗り込もうとしたところで、私はやっと彼に聞けた。言葉に詰まるのも関係なく彼をじいっと見つめる。
 店主はピタッと手を止め、車に寄り掛かりながら腕を組んだ。口角を上げてこちらを見下ろす。「依頼さ」と、簡潔に言った。
「でも、彼は――」
 いわゆる昏睡状態だ。だから、依頼なんてできるはずがない。それこそ彼が事故にあう前でなければ、彼と接点を作る機械など、ないはずなのだ。
 だが店主はじいっと私を見つめたまま、逡巡しているようにゆっくりと口を動かす。
「そうだなあ、菖蒲くんは、結構店に来てくれた子でねえ。プライベートでも仲良くさせてもらっていたんだ。ただ、配達の依頼を受けたのは、あの日が初めてだったかな。……ああ、小種ちゃんはわかるよね」
 事故があった、半年前のあの日。
 途端に何かが自分の中心に、トン、と触れた。震える口から吐き出された空気が、白く、モヤみたいに溶けていくのが、スローモーションのようだった。
 耳に揺れるピアスが、シャラン、と鳴った。これは、その時渡されたものだった。ハンドメイドの、花が閉じ込められたピアス。
 ふと、今まで見てこなかったそれを浮かべる。鮮明に……そう、これは最初、鈴がつけられていたのだ。銀色の、シンプルな可愛らしい鈴。
 店主の目を改めて見返す。と、彼の瞳はまっすぐにこちらを見ていた。
 徐に開かれた口から言葉が紡がれる。
「あの日、俺は彼に二つ依頼されたんだ。他でもない菖蒲君のお願いだったわけだからねえ。聞くだけ聞いてあげたんだよ」
 笑うべきだろう冗談すら流して、彼の言葉を待つ。彼はしばらく乾いた笑いを漏らしながら、真面目だね、と言い、少し体勢を直した。