あなたの死に花束を。

「いやあ、配慮が足りておらず、申し訳ないですねえ。笹波さん」
 輝かしいまでの笑顔に、神経を逆なでされたらしい彼女が、カッと目を見開いて叫ぶ。
「ただの花屋は黙っててよ!」
 ピクリ、と店主の眉が動いた。その言葉は店主の逆鱗に触れたらしい。彼を取り巻く空気が、すうっと切り替わる。薄茶色の瞳は、ただ彼女を見据えていた。
 冷たい空気をまといだしたところで、店主はにっこりと笑ったまま口を開いた。
「いいのかい? 弟くんがごひいきにしてくれる花屋をないがしろにしても。……あなたの信念は、そんなものじゃあないんだろう?」
 敬語を取り払って、少しばかり低い声だった。さっきとのギャップに充てられ、別の意味で何も言えなくなっていると、彼女は変わらずに叫ぶ。
「あんたもさっさと帰りなさいよっ」
 もうほとんど、泣きそうだった。それがわかって、胸が苦しくなる。
 だが店主には届かない。大人と、子供みたいだ。
「俺は頼まれてここにいるんですよ、綾芽さん。他でもない、あなたの愛する弟くんの依頼で、俺はここに立っているんだ」
 ピシャリ、と熱にヒビが入る。
 ナイフみたいな言葉だった。普段の店主から考えられないくらい、地を這うような低い声。しかし彼はいつものように笑っていた。
冷ややかに、つまらなそうに、三日月みたいに目を細める。「不必要に罪の花を咲かせるのは、人の性なのかねえ……」と呟いた声は、なぜか少し、悲しげだった。
「あなたのその怒りは、一介の花屋にぶつけたって仕方ないものだ。冷静になってくださいよ、菖蒲くんの姉だというのなら、ね」
 遮って、静かな声で言った。ステップを踏むダンサーみたいに軽やかに。着実に彼女の勢いを削いでいく。
 しばしの沈黙。かすかに開けられた窓から、入ってきた冷たい風が、ゆらり、とカーテンと髪を揺らして消える。
 耐えきれなくなったように、彼女が気まずい表情で「……悪かったわよ」と言って、ようやく張りつめていた空気が解けた。
 それまで怖いくらいに笑顔を張り付けていた彼が、ふっと首を柔らかく傾げた。「どうも」と、優しげに言って私の手を取り、共に立ち上がる。
「来週もまた来ますねえ。……ああ、そうだ。花束の依頼は、ぜひ俺にお願いしますよ~」
 そう言い残し、振り返ることなく病室を後にする。