「……香葉には、特別な花って、ある?」
唐突な問いだった。正直、花に関しては思入れが少なくて、答えあぐねる私。彼はチラッとこちらを見て、ふっと微笑んだ。春の日差しみたいに、温かい笑み。
「僕にはあるんだ。特別な花がさ」
はかなげに揺れる瞳が、泣きそうだった。
理由は今でもわからない。でも今の店主と……よく似ていたんだ。
「……いいじゃん、そういうの。羨ましい」
少し間を置いてから、口を開いた。ボキャブラリーが貧困だ、と私は呆れ笑いながら、彼に言う。彼も、困ったように笑った。
ふと、彼は着込んだコートのポケットから、そっと袋を取り出した。リィン、となる鈴が、嫌に鮮明に覚えてる。それを彼は私に差し出す。
「これ、香葉にプレゼント」
透明な袋に詰められた、小さなピアス。飾りはまるで琥珀のような、宝石のようなものがついていた。その中には――氷に閉じ込められたかのように、動かぬ花があった。
「――の花を入れてある。花屋の知り合いにね、特注で作ってもらったんだ。結構無理行ったんだけど、いい人でね。僕の分まで用意してくれたんだ。……ほら、お揃い」
彼はそう言って耳の辺りの髪を持ち上げる。反射的に目をやったそこには、確かに差し出されたそのピアスと同じものが付けられていた。
男性なのに、良く似合っていた。すごく綺麗だった。
嬉しくてその場でピアスを付けた。元々穴は空けていたから、すんなりつけられて、彼と一緒に笑いあった。冬なのに、吐く息は白いのに、とても暑くて仕方がなかった。
その後私は大学の講義で、彼も用があるからと別れた。それが、最後だった。
彼は私と別れてから一時間で、ベンチに忘れ物をした、と戻ってきた私の前で、事故に遭ったのだ。
花の名前は忘れてしまった。調べることはできただろう。でもそれはなぜだか、できないままでいた。
私の髪から、彼女は手を放した。そのまま「帰って……」と呟いて、肩を強く推した。その勢いでふらついた足が耐え切れず、倒れ込む。リノリウムでできた床がひどく冷たい。
立ち上がることもしない私に、彼女はチッと舌打ちする。そこでふと、店主が私の横に立つ気配がした。ゆっくりと視線を上げる私に、彼は冷ややかな視線を返す。
しかしそれは一瞬の事で、彼女に向けられる頃には、すっかり笑みを浮かべていた。
唐突な問いだった。正直、花に関しては思入れが少なくて、答えあぐねる私。彼はチラッとこちらを見て、ふっと微笑んだ。春の日差しみたいに、温かい笑み。
「僕にはあるんだ。特別な花がさ」
はかなげに揺れる瞳が、泣きそうだった。
理由は今でもわからない。でも今の店主と……よく似ていたんだ。
「……いいじゃん、そういうの。羨ましい」
少し間を置いてから、口を開いた。ボキャブラリーが貧困だ、と私は呆れ笑いながら、彼に言う。彼も、困ったように笑った。
ふと、彼は着込んだコートのポケットから、そっと袋を取り出した。リィン、となる鈴が、嫌に鮮明に覚えてる。それを彼は私に差し出す。
「これ、香葉にプレゼント」
透明な袋に詰められた、小さなピアス。飾りはまるで琥珀のような、宝石のようなものがついていた。その中には――氷に閉じ込められたかのように、動かぬ花があった。
「――の花を入れてある。花屋の知り合いにね、特注で作ってもらったんだ。結構無理行ったんだけど、いい人でね。僕の分まで用意してくれたんだ。……ほら、お揃い」
彼はそう言って耳の辺りの髪を持ち上げる。反射的に目をやったそこには、確かに差し出されたそのピアスと同じものが付けられていた。
男性なのに、良く似合っていた。すごく綺麗だった。
嬉しくてその場でピアスを付けた。元々穴は空けていたから、すんなりつけられて、彼と一緒に笑いあった。冬なのに、吐く息は白いのに、とても暑くて仕方がなかった。
その後私は大学の講義で、彼も用があるからと別れた。それが、最後だった。
彼は私と別れてから一時間で、ベンチに忘れ物をした、と戻ってきた私の前で、事故に遭ったのだ。
花の名前は忘れてしまった。調べることはできただろう。でもそれはなぜだか、できないままでいた。
私の髪から、彼女は手を放した。そのまま「帰って……」と呟いて、肩を強く推した。その勢いでふらついた足が耐え切れず、倒れ込む。リノリウムでできた床がひどく冷たい。
立ち上がることもしない私に、彼女はチッと舌打ちする。そこでふと、店主が私の横に立つ気配がした。ゆっくりと視線を上げる私に、彼は冷ややかな視線を返す。
しかしそれは一瞬の事で、彼女に向けられる頃には、すっかり笑みを浮かべていた。
