あなたの死に花束を。

 段々と大きくなる声。病室の扉を閉めていてよかった。じゃなきゃ、彼女の声に気付いて看護師さんたちが来ていたかもしれない。
「この……人殺し! なんでここにっ。のこのこと私たちの前に現れて今更――」
吊り上げられた目は、やはり暗く光がなかった。私は何も言わない。だが、直視もできなくて、俯きがちに、チラリ、と店主へ視線をやる。
「……」
 怒号の中、彼は淡々と仕事していた。白いテーブルの上で、せっかくきちんとラッピングされていた花束を自らの手で崩していく。
 形を整えるために結んでいた紐はそのままに、彼は、枕元にある花瓶から花を抜き取った。部屋に備え付けられている洗面台に水を流し、軽く洗って再び水を入れる。
「――っ」
 突然こめかみに衝撃が走って、我に返った。
 いつの間にか目の前に立っていた彼女が、私の髪を無造作に掴んでいた。ぐっと力加減もされないままに引っ張られ、短い髪がぎしぎしと悲鳴を上げる。数本、切れるようだった。
 ほとんどゼロ距離で、彼女は叫んだ。耳が痛かろうが、髪がいたかろうが、お構いなしだ。
「事故が起きたのも。家族がバラバラになったのも。菖蒲が目を覚まさないのも。全部、全部全部全部全部あんたが悪いのよっ。あんたがいなければこんな事にならなかったのに。死んで罪を償えっ。菖蒲が、目を覚ます前に」
 事故、と言った彼女の瞳は揺らいでいた。溜まりに溜まった水は、感情とは裏腹に美しく澄んでいる。悲しくなるほど綺麗だった。
 否応なしに心臓の辺りに刺さるようだった。
 彼女の言葉は正しいのだ。私がいなければ、私がいなかったらこんな事になっていなかった。否定できず苦しいからこそ、ただ、俯く。頭に浮かぶのは――彼の眩しい、笑み。

 私の前で彼が……笹波菖蒲が交通事故に遭った日だ。
 寒い、冬の朝。気温も低くて、吐く息が真っ白な雲みたいに見えていた。私と菖蒲は、ひっそりと公園のベンチに座って目を細める。眩しくて静かな朝だった。
 他愛のない話をしていた。友達がドジったとか、最近のニュースとか、好きな本、映画、将来の事。本当にただ、震える手にホットコーヒーを握りしめて、話していた。
 だがふと、彼が遠くを見つめながらぼんやりしていることに、気付いた。
「――どうかした?」
 普段なら小さく微笑んで、私を見てくれる。でもその日彼は、そのまま前を向いていた。