グッと胸を抑え込む私をよそに、店主は「失礼しますね~」と慣れた様子で扉を開けた。カラカラと、乾いた小さな音と共に扉から、すうっと白すぎる光が廊下に届く。
「こんにちは。彼の様子はいかがです?」
営業スマイルのまま、珍しく敬語で話し続ける彼の前に、音もなく影のように立つ女性。彼女は店主の言葉に、ハッと馬鹿にした様子で笑う。
「皮肉かしら。笑えないわね」
黒髪はずいぶん痛んでいて、化粧っ気の少ないやつれた表情。その目は恨むように店主へ向けられている。
だが店主はなんでもないよう、「嫌われてるなあ」と笑った。
私は彼の後ろに立っているから、どんな表情をしているのかは知らない。だが彼の前に立つ彼女が、変わらず睨みつけているのだから、やはり完璧な笑顔を浮かべているのだろう。
「他の依頼者とか、客にもそんな態度なわけ?」
依頼者――?
思考を巡らせる私の前で、二人は変わらず会話を続ける。
「そもそも依頼者はそんないませんよ。それに俺は、紳士、を志してるのでねえ」
花束を持ち直した店主が、視線を移すように首を回す。女性の立っていた場所にちょうどテーブルがあった。
視線に気付いた彼女が、「紳士なんて……バカ言わないでよ。ただの偽善者が」なんて言いながらも、すっとテーブルから避けると、店主は軽く、ありがとうございます、と言ってそちらに歩いていく。
「やらない善よりやる偽善、ってことですよ~」
花束を置いて、リボンを解く。その瞬間、カタン、と何かが落ちる音がした。
否、実際に落ちていた。それは女性が持っていたスマホだった。だが、彼女はまるで気にも留めず、拾い上げることもしない。
どころか、彼女は店主の背に隠れるようにして、待機していた私に向いている。
「……ちょっと待って」
瞳の奥で揺れる感情が、ありありと伝わってくる。困惑と、嫌悪と、あとあの感情は――。
じいっと見つめながら、私は少し会釈する。「……お久しぶり、ですね」と。別に相手が求めていなくても、これだけは言った。
案の定彼女は返事など返してくれはしなかった。どころか、「なんで、いるのよ」と言葉に詰まらせながら口を動かす。瞬き一つせず、私に焦点を当てたまま。
「なんでここにいるのか、って聞いてんの」
「こんにちは。彼の様子はいかがです?」
営業スマイルのまま、珍しく敬語で話し続ける彼の前に、音もなく影のように立つ女性。彼女は店主の言葉に、ハッと馬鹿にした様子で笑う。
「皮肉かしら。笑えないわね」
黒髪はずいぶん痛んでいて、化粧っ気の少ないやつれた表情。その目は恨むように店主へ向けられている。
だが店主はなんでもないよう、「嫌われてるなあ」と笑った。
私は彼の後ろに立っているから、どんな表情をしているのかは知らない。だが彼の前に立つ彼女が、変わらず睨みつけているのだから、やはり完璧な笑顔を浮かべているのだろう。
「他の依頼者とか、客にもそんな態度なわけ?」
依頼者――?
思考を巡らせる私の前で、二人は変わらず会話を続ける。
「そもそも依頼者はそんないませんよ。それに俺は、紳士、を志してるのでねえ」
花束を持ち直した店主が、視線を移すように首を回す。女性の立っていた場所にちょうどテーブルがあった。
視線に気付いた彼女が、「紳士なんて……バカ言わないでよ。ただの偽善者が」なんて言いながらも、すっとテーブルから避けると、店主は軽く、ありがとうございます、と言ってそちらに歩いていく。
「やらない善よりやる偽善、ってことですよ~」
花束を置いて、リボンを解く。その瞬間、カタン、と何かが落ちる音がした。
否、実際に落ちていた。それは女性が持っていたスマホだった。だが、彼女はまるで気にも留めず、拾い上げることもしない。
どころか、彼女は店主の背に隠れるようにして、待機していた私に向いている。
「……ちょっと待って」
瞳の奥で揺れる感情が、ありありと伝わってくる。困惑と、嫌悪と、あとあの感情は――。
じいっと見つめながら、私は少し会釈する。「……お久しぶり、ですね」と。別に相手が求めていなくても、これだけは言った。
案の定彼女は返事など返してくれはしなかった。どころか、「なんで、いるのよ」と言葉に詰まらせながら口を動かす。瞬き一つせず、私に焦点を当てたまま。
「なんでここにいるのか、って聞いてんの」
