あなたの死に花束を。

 だけど現状を前に、何かもっとましな言葉を吐け、とか、冷静に行動しろ、と言われたとしても、無理な話だ。少なくとも私にはできなかった。
 そこは、とある病院だった。国道沿いにある大きな総合病院。私はよく知っていた。
 店主は淡々と受付に立って話出す。業務的だというのに、相手の女性はずいぶん顔が赤くなっていて、改めて店主がイケメンだと認識するが、今はそれすらどうでもよかった。
 院内は思い描いていた通り人がひっきりなしに歩き回っていた。そのほとんどは険しい顔か、あるいは疲れた様子でトボトボと歩いていた。
 人はたくさんいるのに誰もがとげとげしい。自然と緊張が襲ってくる。勝手に手が震えて来て、呼吸さえも浅くなる。
 店主の会話が終わるまでひどく、気が遠くなりそうな時間を、私はひたすらに耳に揺れるピアスを握りしめて待っていた。
「――待たせてごめんねえ。さあ、仕事に行こうか」
 営業スマイルを浮かべながら、花束を抱える彼。その姿は院内でも変わらず、むしろ普段以上に幻想的な空気をまとっていた。
 はっきり言ってしまえば、ひどく似合っていたと言えよう。
 だから一瞬、「――待って」と自分の口から飛び出した声で、彼の眉がピクリ、と動いた時は、心臓が止まりそうなくらい怖かった。
「どの……誰の病室に行くの?」
 震える口を無理やりに動かして、問う。店主は変わらぬ笑みで、さらりと答えた。
「君はもう、知ってるんじゃあないかい?」
 急いでいたのか、あるいは緊張のせいか。店主は少し、早口だった。
 そこから病室までは、正直刑場へ行くような心地だった。心の準備など整っていないのに、とつぶやいた本音は、どこで落としたことだろう。
 きっと店主にも聞こえていただろうに、彼はまるでこちらを振り返ることなく、私の前を優雅に歩いていた。
 病室、502号室。特別個室。名前は――笹波(ささなみ)菖蒲(しょうぶ)――。
店主が先導して、コンコン、と扉をノックする。私は店主の後ろで控えていた。ひっそりと、小さくなりながら、ただ空気を吸って、吐く。
「――宵花屋店主の高草木です。花をお届けに来ました」
 店主の事務的な入室許可を求める声に、ややあって、「……どうぞ」と応える女性の声が聞こえてきた。瞬間、声の主が鮮明に頭に浮かんで、ドクン、と心臓が嫌に飛び跳ねる。