だからきっとこれは、日常の延長線上だった。ただ少し、妙な胸騒ぎを覚えるくらい小さな変化だったんだ。
車に乗ってから十五分が経とうとしていた。小さく開けた窓から風が入り、前髪が留まっていられないくらいに煽られる。体も冷えていくが、嫌に心地が良い。
だが、何も語らずに淡々と前を向いている店主が、いきなり窓を閉めた。ゆっくりと外界から閉ざされていく。同時に静寂も満ち始める。
完全に締め切られてから、今度は暖房を入れた。埃っぽい匂いが漂ってきたが、普段から掃除しているのか、さほどキツイと感じることなく、空気中に流れ、消えて行く。
ふと、店主が薄く延ばされた口を動かした。
「ああ、そうだ。小種ちゃんは今日、俺の後ろに立っているだけでいいからねえ」
まるで子供に注意するような言い方だった。いわれなくてもそうするつもりだったのが、若干従いたくなくなって、軽く首を振った。
「……案外信用無いんだ、私」
大人げないことは百も承知で私は問うた。悲しさとも似つかない感情を持て余した手が、ぎゅう、とシートベルトをきつく握りしめる。
店主はちらっとこちらを見て、またすぐ前を見据える。「いいや、そんなことないさ。特に仕事に関しては、信頼すら抱いているよ。間違いない」と言って、軽く瞬きする。その目は真剣そのもので、もはや疑う余地もないのだろう。
じゃあ、なんで。
そう聞き返そうと口を開いたが、それは声にならなかった。なぜか、店主の苦しげに細められた瞳から、目が離せなかった。
「まあ今日は、俺っていう、ちょっと変わった花屋の店主が、普通の人みたいに緊張してる。ただそれだけのことなんだ。今日はちょっとした……そう、答え合わせ、みたいなものでねえ」
言い方は、どこか独り言だった。それは、きっと私が問題じゃないのかもしれなかった。だからこそ、何も言えなくなる。
ようやく効き始めた暖房の緩い風が、ただ前を見据える二人の間を、素知らぬ顔で通り過ぎていく。
さらに十五分。合計で三十分のドライブが終わる頃。私は目的地を前に唖然としていた。
「――なんで」
そうつぶやいていた。車を降りる時ですらほとんど無意識で、足取りはふらついていたんだろう。通り過ぎる人が、訝しげにこちらを二度見するのが、視界に映っては過ぎていった。
車に乗ってから十五分が経とうとしていた。小さく開けた窓から風が入り、前髪が留まっていられないくらいに煽られる。体も冷えていくが、嫌に心地が良い。
だが、何も語らずに淡々と前を向いている店主が、いきなり窓を閉めた。ゆっくりと外界から閉ざされていく。同時に静寂も満ち始める。
完全に締め切られてから、今度は暖房を入れた。埃っぽい匂いが漂ってきたが、普段から掃除しているのか、さほどキツイと感じることなく、空気中に流れ、消えて行く。
ふと、店主が薄く延ばされた口を動かした。
「ああ、そうだ。小種ちゃんは今日、俺の後ろに立っているだけでいいからねえ」
まるで子供に注意するような言い方だった。いわれなくてもそうするつもりだったのが、若干従いたくなくなって、軽く首を振った。
「……案外信用無いんだ、私」
大人げないことは百も承知で私は問うた。悲しさとも似つかない感情を持て余した手が、ぎゅう、とシートベルトをきつく握りしめる。
店主はちらっとこちらを見て、またすぐ前を見据える。「いいや、そんなことないさ。特に仕事に関しては、信頼すら抱いているよ。間違いない」と言って、軽く瞬きする。その目は真剣そのもので、もはや疑う余地もないのだろう。
じゃあ、なんで。
そう聞き返そうと口を開いたが、それは声にならなかった。なぜか、店主の苦しげに細められた瞳から、目が離せなかった。
「まあ今日は、俺っていう、ちょっと変わった花屋の店主が、普通の人みたいに緊張してる。ただそれだけのことなんだ。今日はちょっとした……そう、答え合わせ、みたいなものでねえ」
言い方は、どこか独り言だった。それは、きっと私が問題じゃないのかもしれなかった。だからこそ、何も言えなくなる。
ようやく効き始めた暖房の緩い風が、ただ前を見据える二人の間を、素知らぬ顔で通り過ぎていく。
さらに十五分。合計で三十分のドライブが終わる頃。私は目的地を前に唖然としていた。
「――なんで」
そうつぶやいていた。車を降りる時ですらほとんど無意識で、足取りはふらついていたんだろう。通り過ぎる人が、訝しげにこちらを二度見するのが、視界に映っては過ぎていった。
