取り上げた一輪を戻して、また別の花をいくつも取り上げ、腕に抱えだす。ある程度集めたところで、彼はレジと、作業台のような机のある方へと戻ってくる。
私はもう一度口を開いた。
「それくらい教え――」
「ごめんくださ~い」
誰かの声が、私の声に被り、声がかき消された。
あとから、ヒールのコツコツ、とコンクリートをたたく音に、ぐっと口を噤んで振り返る。店主も同時に店の扉へ目をやった。
入ってきたのは、ずいぶん若そうなOLだった。
施されたメイクはむらがなく、赤いグロスがよく映えている。つやのあるダークブラウンの髪は一つにまとめられていたが、毛先だけ巻かれていて、女性らしい人。
しかしなぜか、無邪気なほどに笑っていた。
なんとなく隠れるように、店の奥側へとずれる。
「やあ、いらっしゃ~い」
店主が立ち上がって笑いながら声をかけた。彼女は彼を見て、ぱあっとさらに輝かしい笑顔を見せる。だがそれも、一瞬でぎこちなく固まった。
「……ええと、なんか、お邪魔でした?」
ちらっと、こちらを見て言うもんだから「いや全然」と思い切り否定した。
――まあ、タイミングは悪かったけど。
彼女は「そう?」と少しだけ首を傾げる。納得がいっていないのか、疑っている目だ。
「ああ、彼女……小種ちゃんはねえ、まだまだ花を知らなくてね。教えてたんだよ~」
店主がまた、よくわからないことを口走る。パッと彼に視線をやるも、彼女が「ああ! なるほど。アルバイトの方なんですね~」と勝手に解釈してしまった。訂正すらも面倒で、私はため息を吐く。
ようやく彼女の視線が店主へと向けられる。
「店主さん、イケメンですねっ」
丸眼鏡すらカッコいい、とか、花屋でイケメン店主って映える……など呟く彼女に、店主はまんざらでもなさげに笑った。
「俺みたいなおっさんより、あなたの方がずっと魅力的だ」
モテ男にしかできないような言葉選びに、うえ、と声がもれる。きざっぽい口調が、主張の強かった花束を連想させるようだった。
だが彼女の方はずいぶん気分が良くなったらしい。ゆるむ頬を手で抑えていた。
だが、ふと店主へと視線をやった時、吐きかけた息を飲み込む。彼女を見る店主の、瞳の冷たさに身が凍りそうになったのだ。
幸い、彼女はそこまで見えていないらしい。
「あ、店内見て回ってもいいですか?」
私はもう一度口を開いた。
「それくらい教え――」
「ごめんくださ~い」
誰かの声が、私の声に被り、声がかき消された。
あとから、ヒールのコツコツ、とコンクリートをたたく音に、ぐっと口を噤んで振り返る。店主も同時に店の扉へ目をやった。
入ってきたのは、ずいぶん若そうなOLだった。
施されたメイクはむらがなく、赤いグロスがよく映えている。つやのあるダークブラウンの髪は一つにまとめられていたが、毛先だけ巻かれていて、女性らしい人。
しかしなぜか、無邪気なほどに笑っていた。
なんとなく隠れるように、店の奥側へとずれる。
「やあ、いらっしゃ~い」
店主が立ち上がって笑いながら声をかけた。彼女は彼を見て、ぱあっとさらに輝かしい笑顔を見せる。だがそれも、一瞬でぎこちなく固まった。
「……ええと、なんか、お邪魔でした?」
ちらっと、こちらを見て言うもんだから「いや全然」と思い切り否定した。
――まあ、タイミングは悪かったけど。
彼女は「そう?」と少しだけ首を傾げる。納得がいっていないのか、疑っている目だ。
「ああ、彼女……小種ちゃんはねえ、まだまだ花を知らなくてね。教えてたんだよ~」
店主がまた、よくわからないことを口走る。パッと彼に視線をやるも、彼女が「ああ! なるほど。アルバイトの方なんですね~」と勝手に解釈してしまった。訂正すらも面倒で、私はため息を吐く。
ようやく彼女の視線が店主へと向けられる。
「店主さん、イケメンですねっ」
丸眼鏡すらカッコいい、とか、花屋でイケメン店主って映える……など呟く彼女に、店主はまんざらでもなさげに笑った。
「俺みたいなおっさんより、あなたの方がずっと魅力的だ」
モテ男にしかできないような言葉選びに、うえ、と声がもれる。きざっぽい口調が、主張の強かった花束を連想させるようだった。
だが彼女の方はずいぶん気分が良くなったらしい。ゆるむ頬を手で抑えていた。
だが、ふと店主へと視線をやった時、吐きかけた息を飲み込む。彼女を見る店主の、瞳の冷たさに身が凍りそうになったのだ。
幸い、彼女はそこまで見えていないらしい。
「あ、店内見て回ってもいいですか?」