「君もそろそろ、自分の花に目を向けてやりなねえ。人の花は……案外脆いからさ」
ゆっくりと店主がこちらを向いた。わかっているだろう、とでも言うように薄く浮かべられた笑みは、寂しそうだった。
……それが、突き刺さりそうな尖った言葉よりずっと、力があることを今日、初めて知った。
結局最後まで何も言えないまま店に戻った。休憩と称してから、きっかり十五分後の話だった。
店の庭を出るその時、意味もなく缶をギュッと握りしめていた。空になったスチール缶は固く、私の力なんかじゃほとんど潰れることもない。
ただ、熱を奪っていく。
第三話
薄暗い部屋に差し込む細く柔い日差し。
光を浴びて輝く花々は、今やもうその姿を見せることはなかった。
ただ一つ、残っているのは、小さなアクセサリーとレトロな丸眼鏡が一つ。……それも、捨てられているかのようにポツン、と、殺風景なテーブルの端っこに置かれていた。
アクセサリーにはナデシコと、サンダーソニアの花が、眠るように閉じ込められていた。差し込んだ光をほんの少し反射させて、隣に並ぶ丸眼鏡がまた、反射する。
見つめていた彼は、姉さん、と呟いた。ため息交じりの、ねっとりした声。ひどく、悲しげだった。
徐に彼は立ち上がる。
部屋にはもう、テレビもなければ、娯楽品も一切置いていなかった。無機質な壁の白が、ただ部屋を彩る唯一の色。
ガチャン、扉が閉まる音が響く。誰もいなくなったその部屋は、ひっそりと、残り香を薄めていくのだ――。
秋も終盤。
冷え切った風が遠慮なしに肌を刺す。指先や足先から熱が感じられなくなって、冷え性になるくらい気温が下がった今日この頃。もはや咲いている花は数少ない。
季節の中でも短く、過ごしやすい時期が終わりを迎える。その頃には私も、店番を頼まれる程度には成長していた。
花の図鑑も大方読破して、今は花言葉の図鑑を覚えつつ、花屋の通常業務に触れ始めている。
柔くて頼りない光の筋が、雲間を縫うように差し込んでくる昼過ぎの事。店を訪れた年配の、ほとんど一見の女性に私は接客をしていた。
「……この栞はいかがでしょうか?」
たどたどしくも、ぎこちない笑みと共に声をかける。女性は淡々と「これは?」と聞き返してきた。
「……ポインセチアと言います。花言葉は「祝福」。門出にはぴったりかと」
ゆっくりと店主がこちらを向いた。わかっているだろう、とでも言うように薄く浮かべられた笑みは、寂しそうだった。
……それが、突き刺さりそうな尖った言葉よりずっと、力があることを今日、初めて知った。
結局最後まで何も言えないまま店に戻った。休憩と称してから、きっかり十五分後の話だった。
店の庭を出るその時、意味もなく缶をギュッと握りしめていた。空になったスチール缶は固く、私の力なんかじゃほとんど潰れることもない。
ただ、熱を奪っていく。
第三話
薄暗い部屋に差し込む細く柔い日差し。
光を浴びて輝く花々は、今やもうその姿を見せることはなかった。
ただ一つ、残っているのは、小さなアクセサリーとレトロな丸眼鏡が一つ。……それも、捨てられているかのようにポツン、と、殺風景なテーブルの端っこに置かれていた。
アクセサリーにはナデシコと、サンダーソニアの花が、眠るように閉じ込められていた。差し込んだ光をほんの少し反射させて、隣に並ぶ丸眼鏡がまた、反射する。
見つめていた彼は、姉さん、と呟いた。ため息交じりの、ねっとりした声。ひどく、悲しげだった。
徐に彼は立ち上がる。
部屋にはもう、テレビもなければ、娯楽品も一切置いていなかった。無機質な壁の白が、ただ部屋を彩る唯一の色。
ガチャン、扉が閉まる音が響く。誰もいなくなったその部屋は、ひっそりと、残り香を薄めていくのだ――。
秋も終盤。
冷え切った風が遠慮なしに肌を刺す。指先や足先から熱が感じられなくなって、冷え性になるくらい気温が下がった今日この頃。もはや咲いている花は数少ない。
季節の中でも短く、過ごしやすい時期が終わりを迎える。その頃には私も、店番を頼まれる程度には成長していた。
花の図鑑も大方読破して、今は花言葉の図鑑を覚えつつ、花屋の通常業務に触れ始めている。
柔くて頼りない光の筋が、雲間を縫うように差し込んでくる昼過ぎの事。店を訪れた年配の、ほとんど一見の女性に私は接客をしていた。
「……この栞はいかがでしょうか?」
たどたどしくも、ぎこちない笑みと共に声をかける。女性は淡々と「これは?」と聞き返してきた。
「……ポインセチアと言います。花言葉は「祝福」。門出にはぴったりかと」
