彼はその前に手入れをするつもりらしい。手には可愛らしいデザインの霧吹きを持っていった。これまた女性の好みそうなデザインで、違和感を覚える。
私は缶コーヒーを少しずつ口に運びながら、店主の作業する姿をじいっと観察していた。
別に面白いことがあるわけではなく、ただその仕事ぶりを、インプットしていくように、見ていただけだ。
彼はゆっくりと、流れるような所作ですべての花に水をやる。
段々と暗くなる庭は、ソーラーパネルのついていたライトが、ところどころに設置されていた。それらが光り出して、庭は夜の顔を覗かせる。
幻想的な空気に充てられて、私の口もどうやら少し、緩んでいた。
「面白い花が咲いてる……って、何」
ぼんやりしていたらしい。
暗くなり、目の前にはあの日と同じ、店主がいる。あの日の延長みたいに思えて、つい口から考えていた言葉が漏れた。
だが、それは吹いてきた風にかき消される。小さな呟きだった。店主には聞こえなかっただろう。証拠に、彼はピクリともせず、淡々と手入れをしていた。
だが、彼は口を開いた。
「そのままの意味さ」
すっかり小さくなった日の光が、ついぞ途切れた時、店主が言った。一瞬聞き間違いかと耳を疑ったが、店主は続ける。「君の“罪の花”のこと」と。
「……罪が、どう面白いわけ」
多少ぶっきらぼうになるのは、仕方がない。店主は薄い笑みを浮かべてこちらを見る。ぼんやりと光に照らされた顔が、少し歪む。
「君は――」
花に、何を思う?
そう店主は口を動かした。理解が追い付く前に、彼の瞳はゆっくりと私から外され、花壇に植えられた花に向けられる。
店主の手が触れた花が微かに揺れる。
夜風は今や、ぱったりと止まっていた。さっきまで冬の風を運ぶように漂っていたはずのそれが、店主の言葉で隠れたように、存在がない。
何も言えないまま、時が過ぎる。
彼は最後にもう一度花に水をやって立ち上がり、膝についた土と葉を払い落す。霧吹きの中身はもう、空になっていた。
「……もうすぐ、この花壇の花も枯れちゃうなあ」
徐に吐かれた言葉は、ずいぶん冷ややかだ。事実を述べるだけの店主が、こんなにも不気味に見えるほどに、辺りは闇に染まっていた。
ソーラーパネル付きのライトすら、元気のない薄暗い光を放つばかり。
私は缶コーヒーを少しずつ口に運びながら、店主の作業する姿をじいっと観察していた。
別に面白いことがあるわけではなく、ただその仕事ぶりを、インプットしていくように、見ていただけだ。
彼はゆっくりと、流れるような所作ですべての花に水をやる。
段々と暗くなる庭は、ソーラーパネルのついていたライトが、ところどころに設置されていた。それらが光り出して、庭は夜の顔を覗かせる。
幻想的な空気に充てられて、私の口もどうやら少し、緩んでいた。
「面白い花が咲いてる……って、何」
ぼんやりしていたらしい。
暗くなり、目の前にはあの日と同じ、店主がいる。あの日の延長みたいに思えて、つい口から考えていた言葉が漏れた。
だが、それは吹いてきた風にかき消される。小さな呟きだった。店主には聞こえなかっただろう。証拠に、彼はピクリともせず、淡々と手入れをしていた。
だが、彼は口を開いた。
「そのままの意味さ」
すっかり小さくなった日の光が、ついぞ途切れた時、店主が言った。一瞬聞き間違いかと耳を疑ったが、店主は続ける。「君の“罪の花”のこと」と。
「……罪が、どう面白いわけ」
多少ぶっきらぼうになるのは、仕方がない。店主は薄い笑みを浮かべてこちらを見る。ぼんやりと光に照らされた顔が、少し歪む。
「君は――」
花に、何を思う?
そう店主は口を動かした。理解が追い付く前に、彼の瞳はゆっくりと私から外され、花壇に植えられた花に向けられる。
店主の手が触れた花が微かに揺れる。
夜風は今や、ぱったりと止まっていた。さっきまで冬の風を運ぶように漂っていたはずのそれが、店主の言葉で隠れたように、存在がない。
何も言えないまま、時が過ぎる。
彼は最後にもう一度花に水をやって立ち上がり、膝についた土と葉を払い落す。霧吹きの中身はもう、空になっていた。
「……もうすぐ、この花壇の花も枯れちゃうなあ」
徐に吐かれた言葉は、ずいぶん冷ややかだ。事実を述べるだけの店主が、こんなにも不気味に見えるほどに、辺りは闇に染まっていた。
ソーラーパネル付きのライトすら、元気のない薄暗い光を放つばかり。
