あなたの死に花束を。

 店主の一言に、食い入るように読み漁っていた本から顔を上げた。
花を手入れしていた店主が右後ろから、腕を伸ばす。コン、と音を立てて置かれたのは、缶コーヒー。
 ご丁寧にブラックコーヒーと、真っ黒なパッケージング。何も言わず手に取ると、店主も同じように、しかし自分は、カフェオレを口に運ぶ。
「さてさて小種ちゃん。進捗はどうだい?」
 決まり文句みたいに繰り返されるその言葉。一体いつまで言われることやら。
私はため息を吐いて、「まあ、なんとか」と返した。
 正直、花を覚えるのには苦戦していた。
名称、種類、開花時期、色だったり、原産地だったり。ここでは特に花言葉や花物語を重視しているから、全部はとても覚えられそうにない。
それでも繰り返せば嫌でも頭にインプットされていく。もう根性でやるしかない、と割り切ってやってきたおかげか。印象的な花はやっと覚えたところだ。
 店のスタッフとしてやるには、まだまだ心許ないかもしれない。が今だけは、成長出来ている、と自負をしている。
 店主はふっと笑った。「いいねえ」と言いつつ、自分の缶コーヒー基、カフェオレの残りは、店主専用のマグカップに移される。
 そのマグカップには、小さく花のイラストが描かれていた。ピンクとオレンジの花。もう何度も目にしたその名前が、すっと浮かんでくる。
「ナデシコと、サンダーソニア。だよね」
 私の問いに、店主はふっと微笑んだ。
「正解だよ、さすがだねえ」
言いながらカフェオレを口に含んだ。
 どことなく歪だが、マグカップらしさを醸し出すそのイラストは、店主の整った顔を少しだけ崩しているようだった。
 やはり、あの二つの花には意味がある。確信持つのにそう時間は要らなかった。
「……そんなものまで、売ってるんだ」
 なんてありきたりな触れ方だろう。自分のセンスのなさにほとほと呆れかえる。だが店主は呆れる様子もなく、目を細めて口角を上げた。
「これねえ、手作りなんだ」
 言われた瞬間、急に寒気がした。確かに花関連ではある。しかしこんなものまで手作りするなんて、店主の趣味は一体どうなっているんだ。
 信じられないものを見るような目をしていたと思う。店主はクスっと面白そうに笑って訂正するように口を開いた。
「俺じゃあないさ。そこまで完璧に生きてないのよ、俺はね」