あなたの死に花束を。

橘さんが買ったばかりのパンを確認するように、ガサガサと小さく音を立てながら紙袋を開けた。ふんわりと漂うパンの匂いに、お腹がくう、と小さく鳴く。
 慌ててお腹を抑える私に、彼女は少し笑いながら言った。
「――新人の子、あなたの同級生だったのねえ」
 元気な子で、現代を生きる子にしては、ずいぶん真っ直ぐだった。
 私は頷く。「死ぬような人じゃ、なかったんですが……」と、ため息を吐いた。彼はとことん、『死』という単語が似合わない人間だったのに。
 葬式のことは、橘さんの買い物を待っている間に高校時代の友人経由で知り得た。理由も理由故に、家族のみで行われたらしい。
 橘さんは思案するように遠くを見つめる。
どこを見ているのだろう、と同じ方向へ目をやっても、彼女の見ているものはわからない。
 少しの沈黙を間に挟み、彼女は口を開いた。問いかけるような、しかし諭すような声色をしていた。
「――あなたは、彼の選択を間違いだと思う?」
 え? と問い返す私に、彼女は視線を移すことなく続ける。「香葉ちゃんがもしその人だったなら、どの選択肢を選んだかしら」と。ただ、静かに口を動かした。
「それは……」
 言いかけて、口を噤む。
――正直なところ、わからなかった。
 もし賀川とまったく同じ状況だったなら。私も、同じことをしていたかもしれない。復讐と称して悪を消し、自分も悪だと死を選んでいたかもしれない。
……だけど、それはただのイフだ。私は私。賀川は賀川だった。
賀川と再会する以前に、そんな機会があったはずだというのに、私は変わらずここで、普通の日常を生きている。
 今思えば違和感を覚える。普通じゃない、と自分の中で叫ぶ者がいた。普通じゃない。普通なら、復讐したいはずだ。それが例え、自分であっても――。
「私はね、きっとあなたは選んでいなかったんじゃないかと思うのよ」
 言い淀む私を制するように、橘さんが口を開いた。「本当なら殺したい、けど、そんなことできない」なんて、まるで私の心を読んだみたいに、言った。
「……なんで、ですか?」
 本当は聞く必要なんてなかった。これはきっと言葉にできないような、複雑な感情だから。
 だが橘さんはさらっと言葉にして見せた。
「だって、あなたずっと、そのピアスをいじっているじゃない」