あなたの死に花束を。

 その言葉を耳にした瞬間の彼女の表情は、言うまでもなく滑稽だった。
「んま! それならそうと早く言いなさいよおっ。まったく、どんくさいんだからっ」
 ブツブツと文句を垂れながら、店をそそくさと去っていく。主婦さんを見送り、女性スタッフと私、そして割って入ってくれた橘さんは、同時に苦笑交じりのため息を吐いた。
「あの人、淑女としてどうなのかしらねえ」
 頬に片手をあて、困ったものね、と顔を曇らせる彼女。私も同感だ。
「橘さん……ありがとうございます。助かりました」
 女性スタッフがホッとした表情で言う。橘さんは嬉しそうに微笑んだ。「いいえ、当たり前のことしただけよ」と、完璧な対応だった。
 なんだか、店主に似ている――。
 そう、店主に似ているのだ。言動が特に。店主のような余裕のある話し方と、女性らしさが混じって、彼女を作り上げているようだった。
ふと、橘さんの瞳がゆっくりと私へ向けられる。
「香葉ちゃん、大丈夫だった?」
 心配する声に、ハッとして顔に力を込める。「……ええ、まあ。ちょっと呆れてましたけど」と笑いながら言えば、彼女は少しほっとしたように息を吐いた。
「それならよかった。……そうだ、少しだけお茶しないかしら」
 橘さんの口から、自然に吐き出された言葉。甘い誘惑に、即答しそうになって思いとどまる。仕事をバックレるということはしたくない。
「……せっかくのお誘いなんですけど、その……」
 それだけで彼女は察してくれる。「ああ、この後お仕事なのね?」と聞く声は、気にしなくていいのよ、と副音声が聞こえてくるほどだ。
「……はい」
 彼女に嘘はつきたくない。
 橘さんは私の素直な答えに、クスっと笑った。それから、ずっと触れたままだった手を、そっと放す。その手が向かうのは店のトレーだ。
「なら、歩きながら話しましょ。私も、ちょうど宵花屋に用があったのよ」
 パンの焼ける匂いがする。
もうあの女性の、キツイ香水の香りは充満していなかった。代わりに橘さんがまとう生花の、生き生きとした香りが、私を包むように漂っていた。

 秋の匂いが薄れ、冬の香りが道に蔓延り(はびこり)出す。そんな中を、生花の香りをまとった淑女と、普通な私が連れ立って歩く。