ふと、主婦さんが目を見開く。「あら? もしかしなくても、あなた彼と会って話してた子じゃなあい?」と要らぬことに、気付いてしまった。
ああ、面倒だ。
軽くため息を吐く。主婦さんは会計もまだ終わっていないというのに、パンを片手に詰め寄ってきた。ふわっと香った強い香水の香りに、鼻をふさぎたくなる。
「あの子、どうだったのよ。彼氏だったんでしょう? 見た目通りいい子だったの? それともやんちゃ? 若いっていいわよねえ。男はいつになっても子供だしい。
ああ、そうだ。もったいないことしたわあ。あたし、今もう一人身だからあ。
それで、どうだったのよお。ねぇえ?」
何を勘違いしてか、ニコニコと笑いながらつらつらとぶしつけな質問を繰り返す。聞いてもいない話までされて、ほとほとうんざりしてしまう。
もうこのパン屋に来れないな。
覚悟を決めて、口を開こうと顔を上げた。瞬間私の肩にぽん、っと手が置かれる。
突然の事に、飛び出しかけた言葉を飲み込んで、咳き込む。
私の肩に触れた手はずいぶん華奢で、優しい熱を持っていた。
「そこまでにしてくださいな」
優しい中に、上品な物言い。聞き覚えがある声。ふわり、と香水をかき消すように漂う、生花の香りに、あ、っと声が漏れる。
「まるで彼女を非難する言い方でしたよ」
橘さんだった。淑女らしく、怒りを回りくどい言い方で伝える。だけど行動はヒーローそのものだ。かっこいいとすら思ってしまった。
主婦さんはカッとなって叫ぶ。「まあ! 私はそんなつもりなんて――」そう言って顔を真っ赤にしていては、恥ずかしいことこの上ないだろうに。
橘さんは、微笑んだまま「それに、」と口を動かす。
「お喋りが過ぎては、パンも冷めてしまうでしょう」
想像力豊かなのは、素晴らしいけれど。
皮肉そのものだった。この人らしい言い方に、苦笑もこみあげてこない。
主婦さんはぐっと唇を噛んで舌打ちした。その行動にぐっと唇を噛んだ。人としてどうなんだ、と問いたくなった。
だがさすがにそれ以上何かを言うことはなかった。代わりに目力が上がり、スタッフの彼女を睨みつける。
「――そこのあなた。早く会計して」
主婦さんに、スタッフは小首を傾げた。苦笑しながら「会計ならお済ですが……」と伝えにくそうに小さく口にした。
ああ、面倒だ。
軽くため息を吐く。主婦さんは会計もまだ終わっていないというのに、パンを片手に詰め寄ってきた。ふわっと香った強い香水の香りに、鼻をふさぎたくなる。
「あの子、どうだったのよ。彼氏だったんでしょう? 見た目通りいい子だったの? それともやんちゃ? 若いっていいわよねえ。男はいつになっても子供だしい。
ああ、そうだ。もったいないことしたわあ。あたし、今もう一人身だからあ。
それで、どうだったのよお。ねぇえ?」
何を勘違いしてか、ニコニコと笑いながらつらつらとぶしつけな質問を繰り返す。聞いてもいない話までされて、ほとほとうんざりしてしまう。
もうこのパン屋に来れないな。
覚悟を決めて、口を開こうと顔を上げた。瞬間私の肩にぽん、っと手が置かれる。
突然の事に、飛び出しかけた言葉を飲み込んで、咳き込む。
私の肩に触れた手はずいぶん華奢で、優しい熱を持っていた。
「そこまでにしてくださいな」
優しい中に、上品な物言い。聞き覚えがある声。ふわり、と香水をかき消すように漂う、生花の香りに、あ、っと声が漏れる。
「まるで彼女を非難する言い方でしたよ」
橘さんだった。淑女らしく、怒りを回りくどい言い方で伝える。だけど行動はヒーローそのものだ。かっこいいとすら思ってしまった。
主婦さんはカッとなって叫ぶ。「まあ! 私はそんなつもりなんて――」そう言って顔を真っ赤にしていては、恥ずかしいことこの上ないだろうに。
橘さんは、微笑んだまま「それに、」と口を動かす。
「お喋りが過ぎては、パンも冷めてしまうでしょう」
想像力豊かなのは、素晴らしいけれど。
皮肉そのものだった。この人らしい言い方に、苦笑もこみあげてこない。
主婦さんはぐっと唇を噛んで舌打ちした。その行動にぐっと唇を噛んだ。人としてどうなんだ、と問いたくなった。
だがさすがにそれ以上何かを言うことはなかった。代わりに目力が上がり、スタッフの彼女を睨みつける。
「――そこのあなた。早く会計して」
主婦さんに、スタッフは小首を傾げた。苦笑しながら「会計ならお済ですが……」と伝えにくそうに小さく口にした。
